新型コロナウイルス感染症の到来は、オフィスの在り方を再定義する大きなきっかけとなった。

オフィスをなくし完全リモートワークに移行する会社や、あえてオフィス環境に投資しハイブリッドワークを実現する会社など、取り組みは十人十色だ。「出社する場所としてのオフィス」の時代は終わり、世界中の企業はオフィスに新たな付加価値を見出そうとしている。

本連載では、先進的な働き方・オフィス構築を行っている企業に潜入し、思わず「うらやましい」と声を漏らしてしまうその内容を紹介していく。「これからのオフィスどうしようか……」と考えている読者の手助けにもなれば幸いだ。

第8回となる今回は、社会環境デザインの先端を拓く専門家集団として、設計・監理、都市計画を中心に、建築と都市のライフサイクルの創出を手掛ける日建設計のオフィスを紹介する。

4つのリ・デザインのコンセプト

今回の日建設計のオフィスのリ・デザインは、少子高齢化や都市開発競争の激化、ダイバーシティのさらなる深化といったさまざまな多様化・複雑化した社会課題を背景に行われたという。

また、コロナ禍の「ワークスタイルの変化」もオフィスを新しくすることへの後押しになったそうだ。

「コロナ禍によってテレワークが主流となり、どこでも働けるという利便性が増した一方で、『目的以外の会話の機会が減っている』と回答した人や『(テレワークの際に)自分は孤立しているように思う』と回答した人はとても多く、特にテレワーカーの3割は孤独を感じていると回答しています。そこで、弊社では『社会課題解決に向けた社会環境デザインプラットフォームの実現』『来たくなるオフィスの提供』という2軸から、東京オフィスをリ・デザインすることに決定いたしました」(西村氏)

  • オフィスをリ・デザインした経緯を語る日建設計 代表取締役 副社長 企画開発部門統括 西村浩氏

東京オフィスの1階から4階を、「つながる」「学ぶ」「発信する」をテーマに社会とつながり人が集う「共創がうまれる場」と位置づけ、特に以下の4点をリ・デザインのコンセプトとして挙げている。

1.新しい社会ニーズに応える多様な価値を創造する
2.設計事務所として技術を磨き、最高の信頼を得る
3.オフィスに集まって一人でできないことを実現する
4.働きながら社会課題解決を率先して行う

この4点を踏まえた上で、「社会課題解決のトライアルの場」として機能するオフィスとして運用していきたい考えだ。

このような想いで新しく生まれ変わった日建設計のオフィスだが、このコンセプトを実現するため、2023年4月からは各拠点の刷新に合わせた新たなワークプレイスの実証実験を開始している。

早速、日建設計の実験的な仕掛けがたくさん散りばめられたオフィスを紹介していこう。

未完成のプロダクトが共創プロジェクトを生むきっかけを作る

最初に紹介するのは、人が最も集まる仕掛けが用意されている、メインとなっている3階フロア「PYNT(ピント)」だ。

  • 3階へ上がるとすぐに「PYNT」の文字が!

「解像度が上がる」「ピン!とくる」といった意味を込めて名付けられたPYNT。ここは社内だけでなく、企業や大学、行政、NPOといった社外の共創パートナーも巻き込んだオープンイノベーションにより複雑な社会課題の解決を目指すインフラとなるべく作られたスペースだ。

「このPYNTでは、ワークショップ、イベントなどが定期的に行われているほか、人が集まるカフェ、社内外の人をつなぐコミュニティチーム、共創プロジェクトを生むきっかけをつくるイノベーションデザインセンターなど、活動を支援する仕組みを持っており、社外の人も利用できるフロアとなっています」(吉備氏)

  • PYNTフロアについて説明する日建設計 吉備友理恵氏

このフロア内には多くの試行錯誤の過程や未完成のプロダクトを展示されており、フィードバックを得やすい場での対話を誘発して社会課題解決に向けたチャレンジを加速させていきたいという。

その最たる例が「GARAGE SYSTEM」だ。

このGARAGE SYSTEMは、未完成の取り組みやプロトタイプの展示スペースで、展示内容は社内からの公募で入れ替えていくという。未完成の展示を体験した人たちからフィードバックを得る、仲間になってもらうなど、共創のための仕組みを「GARAGE SYSTEM」と定義づけており、さまざまな展示が行われていた。

  • GARAGE SYSTEM さまざまな未完成の展示が並んでいる

またフロアを見学していると、次に目に惹かれたのは「おいしい環境建築」と名付けられたエリアだ。

おいしい環境建築は、現代農業技術であるアグリテック(IoTやビッグデータ、ドローンを用いるなど、農業領域でICT技術を活用すること)を活用し、オフィス内で野菜やハーブなど、「使える、食せる植物」を育てることで、人と植物の積極的な関わり合いからウェルビーイングな環境を創出する取り組みだ。

  • オフィス内で野菜を育てている不思議な光景……

コロナ禍を経てオフィスのウェルビーイングがさらに求められるようになったことを背景に、オフィス内に自然や緑を取り込むことで、人に対してポジティブな影響をもたらすのではないかという想いから、この取り組みは始まった。2022年6月27日~8月5日に先行して日建設計社内の概念実証(PoC)が行われ、コミュニケーション機会やリフレッシュ効果の創出、出社モチベーションや健康意識の向上などの効果を実証済みだという。

「誰が使うか」ではなく「何をするか」に着目したトイレが新しい!

本稿では、「GARAGE SYSTEM」と「おいしい環境建築」を紹介したが、3階フロアにはそれ以外にも、XRテクノロジーで空間や寸法感覚を社内外で共有できる「XRスタジオ」や、コミュニティチームが常駐しカフェも併設されている、人とアイデアをつなぐ場所である「PYNT BAR」など、さまざまな仕掛けが施されている。

  • 3階フロア「PYNT」の全体図

その中でも、筆者がひときわ興味を持ったのは「トイレ」だ。

これだけさまざまな仕掛けが設置されている中で、トイレが一番というのは意外だと思う方も多いかもしれない。しかし、日建設計の設置したトイレは、他の仕掛けに負けないくらい新しい仕掛けが組み込まれている。

このトイレは「誰が使うか」ではなく「何をするか」に着目した新しい考え方のもので、トイレにおける排泄以外のアクティビティに沿って3種類の個室が用意されているのだ。

具体的には、瞑想や仮眠などで使用できる「リラックス」、歯磨きやストレッチなどで使用できる「リフレッシュ」、着替えや身だしなみを整えるための「スタイリング」という3種類に分けられている。

  • 各種トイレのイメージ 

そのトイレの用途に合わせて、広さやライティングなど細部にこだわりが詰まっており、まさに多様性を尊重する建築環境へのチャレンジ精神を感じることができる仕組みだ。

今回紹介した以外にも、2階の会議室フロアには本物の花を会議室に入れ込んだ部屋や、キノコのレザーを活用したテーブルなど、原材料や製品の循環で環境負荷低減を目指す「サーキュラーエコノミー」を考えた空間が広がっている。

  • 本物の花を活用した会議室。部屋に入るとほのかに花の良い香りが…… 

  • キノコレザーを活用したテーブル。触るとふかふかな手触り

今後も、社会環境デザインの先端を拓く専門家集団が作る最先端の実験的なオフィスから目が離せない。