前々回「マイナンバーカード 今年中の普及は可能なのか」というタイトルで記事を書きました。この記事のなかでマイナンバーカードの健康保険証利用について触れましたが、厚生労働省は2022年5月25日の社会保障審議会医療保険部会において、マイナンバーカードの健康保険証利用のために医療機関等が整備する必要のある「オンライン資格確認システム」の導入義務化を検討するとしました。

マイナンバーカードを健康保険証として利用すると初診料などが加算されるとしたことで批判にさらされてきた厚生労働省ですが、義務化が果たして最善策なのか、この連載で取り上げてきたこれまでの動きも振り返りながらみていきたいと思います。

マイナンバーカードの健康保険証利用 これまでの動き

マイナンバーが国民に付番され通知されたのは2015年、そして翌年2016年からマイナンバーカードの交付が開始されました。そして2017年にマイナンバーカードを利用したマイナポータルの運用が開始されました。

この連載で掲載してきた過去の資料で、マイナンバーカードの健康保険証利用の具体的な計画が掲載されたのは(図1)の「2018年 マイナンバー制度の次の動きは」に掲載した内閣府の「マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)」でした。

  • マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)

    (図1)マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)(2018年1月当時、当時のリンク先は既に切れています)

この一年前の連載「2017年におけるマイナンバー利用の動き」に掲載した「マイナンバー制度に係るスケジュール」という資料でもマイナンバーカードの利活用ということで「健康保険証としての利用」を2018年4月から段階的に運用開始することが掲載されています。

マイナンバー制度の施行以降、マイナンバーカードについては多機能化という目標が掲げられていましたが、その一環としてマイナンバーカードの健康保険証利用は早い時期から構想されていたことになります。そして、(図1)の資料では前年の資料と同じ2018年度から「健康保険証としての利用」を段階的に運用開始することと、その前提となる「オンライン資格確認システム整備」を2017年度中に行うことが示され、計画がより具体的に示されたことになります。

この「マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)」は随時改定されていましたので、この連載でも度々資料として掲載しています。2018年12月の「マイナンバー制度は、この1年でどれだけ進捗したのか」に掲載した「マイナンバー制度導入後のロードマップ(案)」(2018年7月現在)では、「オンライン資格確認システム整備等」について「2020年度本格運用に向けて検討」とし、「マイナンバーカードの健康保険証利用」については2020年度に本格運用開始としています。(図1)で示した計画から大きく後ろにずれ込みました。

その後、この連載では、2019年3月「マイナンバーカードが健康保険証になる? 」、2019年9月「マイナンバーカードを健康保険証へ 政府が工程表等を公開」といった具合に「マイナンバーカードの健康保険証利用」をテーマにした記事を掲載してきました。

(図2)は2019年9月「マイナンバーカードを健康保険証へ 政府が工程表等を公開」の記事に掲載した「マイナンバーカードの健康保険証利用」についての全体スケジュールとして示されたものです。

  • 全体スケジュール

    (図2)全体スケジュール(2019年9月当時、当時のリンク先は既に切れています)

2020年8月には、医療機関等におけるシステム整備が開始され、2021年3月末には「マイナンバーカードの健康保険証利用」の本格運用が始まるとされており、2020年度に本格運用開始として計画をギリギリで達成するスケジュールになっていました。

その後、2021年4月「マイナンバーカードの健康保険証利用延期、カード普及への影響は」の記事で書いた通り、システム不備等により、2021年3月末としていた「マイナンバーカードの健康保険証利用」の本格運用は2021年10月に延期されました。そして、2021年10月20日より本格運用開始となるわけですが、2021年10月「デジタル庁発足、マイナンバー制度改革の行方は」で触れた通り、医療機関等の対応状況は、『2021年9月22日の日本経済新聞では「マイナ保険証10月20日本格運用 対応済み医療機関は6%」という記事が掲載されました。この記事では、「全国約22万9000の医療機関のうち、12日時点で準備が完了している施設は約1万3000施設だった。そのうち既に利用が始まっているところは、3502施設と全体の1.5%にとどまった。」』 といった状況でした。

そして、前々回の記事で取り上げた通り、「マイナンバーカードの健康保険証としての利用」については、4月の診療報酬改定でマイナンバーカードを保険証として利用すると負担が増えることになりました。

オンライン資格確認システム 導入義務化へ

2022年5月25日の社会保障審議会医療保険部会に厚生労働省が提出した資料「オンライン資格確認等システムについて」ではオンライン資格確認等システムの導入状況や現状の取組などが示されています。

(図3)はオンライン資格確認等システムの導入状況、(図4)は今後の取組方針を示した資料です。

これらの資料をみていくと、オンライン資格確認システムが運用できる状況になるまでに、「顔認証付きカードリーダーの申込」「システムの改修工事」「運用開始」というステップがあり、(図4)の資料によると2023年3月末までに「概ね全ての医療機関・薬局での導入を目指す」目標を達成するためには、遅くとも9月頃までに、現在カードリーダー未申込の医療機関等からの申込が必要などと書かれています。[図3]の資料によると5月15日時点で「顔認証付きカードリーダーの申込」している医療機関等は132,865件/229,528件で全体の57.9%、まだカードリーダー未申込の医療機関等は9万6千件強あることがわかります。

(図4)の資料の冒頭の文書をみると、何がなんでも今年度中と設定した目標を達成しなければいけない気迫は伝わってきます。そのための具体的な取組についてはこの後のページでも詳細に展開されていますが、メールでの周知や架電など、おそらくこれまでもやってきたことを徹底するような取組が示されています。新しい取組としては、「オンライン資格確認システム」の主要なシステム事業者を集めて「システム事業者導入促進協議会」を2月25日に開催したこと、日本医師会・日本歯科医師会・日本薬剤師会により「オンライン資格確認推進協議会」を設置、第1回の会議を5月11日に開催したとしています。

前項で見たように、この計画が2017年度あたりから検討されていたのであれば、これらの民間の事業者や日本医師会などの関連団体にもっと早くに協力を求めるべきだったのではないでしょうか。

そして、こうした取組を説明した後に、(図5)の「更なる対策」が示されます。

現時点で「オンライン資格確認」つまり「マイナンバーカードの健康保険証利用」を運用開始している医療機関等が2割弱にとどまっていることから、(図5)に掲げた「①~③を実施することが必要ではないか」として、まず冒頭①では令和5年(2023年)4月から保険医療機関・薬局におけるシステム導入を原則義務化するとしています。

そして、②ではそれに関連する財政措置を見直すとし、初診料の加算なども合わせて見直すことを示唆しています。

さらに、③では令和6年度中を目処に保険組合等の保険証発行の選択制の導入を目指すとし、保険証の原則廃止も射程に入れているような書き方になっています。

厚生労働省としては、これまで計画通りに進んでおらず、このまま今の取組を続けていっても、目標とした計画が達成できないので、医療機関等への「オンライン資格確認システム」の導入を義務化しようとしているとしかみえません。財政措置も見直すとしていますので、批判が集まった初診料の加算を見直す一方で新たな補助金など積み増すことで導入を促そうという意図がみえます。

この資料「オンライン資格確認等システムについて」では参考資料として、(図6)のような資料で掲載されています。

この資料で、一番目を引く課題はシステム導入作業が完了した医療機関等(一番下の列)が挙げている「マイナンバーカードを持参する患者が少ないため運用開始を見合わせている」という課題です。このことを見通したかのように、「利用する患者が少ないと思われるため、導入作業を見合わせている」としてシステム導入前の医療機関等も課題に挙げています。

これはマイナンバーカード普及の課題であり、厚生労働省として対処すべき課題とは考えていないのか、上記の課題に対する対応策は、これ以降のページでも触れられていません。

厚生労働省が考えている義務化は、あくまで医療機関等を対象とした「オンライン資格確認システム」導入の義務化であり、「オンライン資格確認システム」が100%導入されれば良しと考え、「マイナンバーカードの健康保険証利用」が本当に進むのかどうかまでは考えていないようにみえます。

「オンライン資格確認システム」導入の義務化により、「マイナンバーカードの健康保険証利用」ができる環境が整うことは良いことです。ただし、患者がマイナンバーカードを取得しておらず、従来の健康保険証で受診した場合にどうなるのかなど想定される課題についての方針は示されていません。

「マイナンバーカードの健康保険証利用」については、デジタル庁でも「マイナンバーカードの普及と健康保険証利用に関する関係府省庁会議」という会議を定期的に開催しています。この会議では、関係府省庁が管轄する事業者を通してその従業員にマイナンバーカードを取得させることに主目的にしているようです。直近でこの会議が開催されたのは3月24日で、業種別の導入状況や取組事例などが報告されています。この会議に提出された資料「業種別マイナンバーカード取得状況等調査(ネット調査)」のなかの「マイナンバーカード未取得理由」では、「情報流出が怖いから」が35.2%、「申請方法が面倒だから」が31.4%、「マイナンバーカードにメリットを感じないから」が31.3%となっており、これまでいろんな調査で見てきた結果と同様の理由が上位になっています。 こうした調査報告をみていると、「マイナンバーカードの健康保険証利用」を進めるためのもう一つの課題であるマイナンバーカードの普及について、取得しない理由は随分前から同じようなことが挙げられてきているのに、これに対する有効な対策が何ら講じられてこなかったことが改めて認識できます。

(図2)でみてきた工程表の、「マイナンバーカードの交付枚数」「マイナンバーカードの健康保険証としての医療機関等の利用環境整備」は「マイナンバーカードの健康保険証利用」を実現するための両輪だったはずです。その二つともが計画通りに進まなかったのに、PDCAのサイクルを回すような取組は行われてこなかったのでしょうか。

「マイナンバーカードの健康保険証利用」は、誰に対してどのようなメリットを提供するためのものなのか、もう一度原点に立ち返って、現状の課題をEBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)の観点から見直すべきではないでしょうか。 これまでの経緯を振り返った上で資料「オンライン資格確認等システムについて」をみていると、厚生労働省が打ち出した「オンライン資格確認システム」導入の義務化は、一度立てた目標を達成するためだけに打ち出した施策であり、エビデンスに基づいて立案された政策とは思えません。

仮に「オンライン資格確認システム」導入の義務化がこのまま実施されるのであれば、医療現場や患者が混乱に陥らないような施策を徹底して講じた上で実施すべきです。それができなければ、これまでのスケジュールだけが一人歩きしているようなやり方ではなく、現状の課題を徹底して突き詰めるところからやり直すべきではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。