5月26日、日本経済新聞に「利用実績が想定の5%、マイナンバー低調 検査院調査」という記事が掲載されました。
会計検査院の報告では、以前からマイナンバーに係る情報連携システムなど利用実績の低さが指摘されてきましたが、今年の報告でも同様の指摘がされています。
マイナンバーが日本に住民票を持つ個人に付番されたのは2015年10月以降、利用開始は2016年1月からですから、制度がスタートしてすでに5年が経過しています。
今回は会計検査院の報告から、現在のマイナンバーの利用状況を確認するとともに、何が課題なのか考えていきたいと思います。
マイナンバーの利用とは
今回のテーマはマイナンバーカードではなく、あくまでマイナンバーです。
マイナンバー制度の根幹は、日本に住民票を持つ個人にマイナンバーを付番することです。その上で、マイナンバーを利用することによって、(図1)に示すような目的を達成することが、制度として求められていることです。
マイナンバーが利用できる分野は、社会保障・税・災害対策の3分野に限定されています。社会保障や税、災害対策は国民にとって大事な分野であり、社会保障や税の分野では従業員を雇用している事業者が手続きを行うことも多い分野ですので、マイナンバーの利用により国民や事業者の利便性が向上し、その流れのなかで「公平・公正な社会の実現」や「行政の効率化」など、それぞれの目的に沿った課題解決が相乗効果をあげることが、本来制度として目指すところのはずです。
内閣府の「マイナンバー制度について」のページでは、「どうしてマイナンバーが必要なの?」の項で、マイナンバーの利用について以下のような内容が記載されています。
「マイナンバーは、社会保障、税、災害対策の3分野で、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用されます。
これまでも、例えば、福祉サービスや社会保険料の減免などの対象かどうかを確認するため、国の行政機関や地方公共団体などの間で情報のやりとりがありました。
しかし、それぞれの機関内では、住民票コード、基礎年金番号、健康保険被保険者番号など、それぞれの番号で個人の情報を管理しているため、機関をまたいだ情報のやりとりでは、氏名、住所などでの個人の特定に時間と労力を費やしていました。
社会保障、税、災害対策の3分野について、分野横断的な共通の番号を導入することで、個人の特定を確実かつ迅速に行うことが可能になります。」
そして、異なる行政機関の間で、個人の特定を確実かつ迅速に行うことを可能にするために導入されたのが、マイナンバー制度の「情報連携」の仕組みです。
そして、先ほどの「どうしてマイナンバーが必要なの?」の項では、その効果として以下のような内容が記載されています。
「従来は、行政機関に対する申請手続ごとに多くの提出書類が必要となり、申請場所も違うため、国民の皆さんの手続は大変でした。マイナンバー制度の導入後は、マイナンバーを提示することで、必要な添付書類が減り、皆さんの手続が楽になりました。2018年10月現在でそのように便利になった行政手続は1221にのぼります。
また、従来は、行政手続に当たり、多くの書類を行政側で審査をするため、時間がかかりました。マイナンバー制度導入後は、行政側が膨大な書類を見る必要がなくなったことから、事務処理もスムーズになり、皆さんの手続時間も短縮されました。
さらに、行政の支援は、本当に必要な方に届くようにすることが重要ですが、従来は書類だけで判断するのが難しかったケースについても、マイナンバー制度導入後は判断が容易になり、必要な人に必要な支援を行うことができるようになりました。」
本当にそうした実感があるでしょうか。
私たち個人は会社に勤務していれば、会社にマイナンバーを提供し、会社は社会保険や年末調整などの手続きで必要に応じてマイナンバーを記載して行政に提出しています。その結果、行政側では私たちの給与所得や扶養情報、社会保険の加入状況などをマイナンバーと紐づけて把握しているはずです。
ですが、コロナ禍のなかで講じられた個人や事業者を支援する様々な施策のなかで、これらの情報が活用され、必要な人や事業者に迅速な給付が行われたでしょうか。残念ながら、「デジタル敗戦」という声もあるように、これらの施策のなかで、マイナンバーと紐づけられて管理されているはずの私たちの情報が有効に活用されたとは、とても感じられない状況が続いています。
なぜ、そのような状況になってしまっているのでしょうか?
「情報連携」の利用 年間想定利用件数の5.5%が意味するもの
冒頭で取り上げた日本経済新聞の記事によると、「国や自治体が行政手続きに必要な個人情報を互いに照会できる情報連携のシステムの利用実績」について、会計検査院の調べによると2019年は想定の5.5%にとどまっているとしています。
(図2)は、会計検査院が5月に公表した「政府情報システムに関する会計検査の結果について」(以下「政府情報システム会計検査」)で、マイナンバー制度の「情報連携」についての2019年中の利用実績の調査結果内容です。
(図2)には、平成30年(2018年)の実績も掲載されています。実績件数だけをみていけば、2018年は約600万件、2019年は約3,600万件と大きく伸びています。ただし、年金や福祉など年間想定件数の多いものの利用率は、一桁のパーセントにとどまっています。これでは、本来想定していた「情報連携」がほぼ活用されていないことになります。
また、災害対策に至っては2019年の実績件数はゼロで、マイナンバーの利用のなかでも大事な分野である災害対策では全くマイナンバー制度が機能していないことになります。この災害対策について、会計検査院の「政府情報システム会計検査」では、
「実績件数の少ない事務分野をみたところ、例えば「災害対策」については、該当する3事務のうち2事務で情報連携が開始されておらず、残りの1事務も情報連携が一時休止となっており、令和元年中の実績件数は0件となっていた。」としています。
「情報連携」が開始されていないとは、どういうことなのでしょうか。「災害対策」における行政手続において必要となる行政機関間の連携システムがきちんと構築されていない、または、連携システムは構築されていてもなんらかの理由で実際の連携処理をスタートさせていないということが考えられます。「災害対策」のように迅速な対応が求められ、それだけ効果も出せるはずの分野で、制度のスタートから5年が経っても、「情報連携」が開始されていないということは、この分野に携わる行政の怠慢としか思えません。 全体としての実績件数が想定件数を大きく下回っている現状には、上記のような「情報連携」するためのシステム構築が不十分な分野がまだまだあるように思えます。
また、「情報連携」するためには、各行政機関では保有する個人情報にマイナンバーを登録する必要があります。会計検査院の「政府情報システム会計検査」では、この登録状況についても触れていますが、ハローワークのシステム(雇用保険などのシステム)では、個人情報の保有件数に比べてマイナンバーの登録件数が少なくなっています。例えば、雇用保険ファイルでは、個人情報の保有件数9,200万件に対して、マイナンバーの登録件数は約2,200万件にとどまっています。会計検査院の「政府情報システム会計検査」では、この理由について、
「厚生労働省は、ハローワークシステムの雇用保険ファイルに保有する個人情報の件数には、マイナンバー法の施行以降就職や離職等に伴う雇用保険関係手続を行う機会がなく、マイナンバーを届け出る契機がなかった者、マイナンバー法施行時点で死亡していたり、海外に居住していたりなどして、マイナンバー法の施行以降住民票に記録されたことがなく、マイナンバーを付番できない者等の件数が含まれているためであるとしている」としています。
社会保険関連では、個人情報の保有件数に対するマイナンバーの登録件数は99.5%までできていることと比べると、上記の理由は言い訳にしか聞こえません。
こうしたハローワークのような状況も、「情報連携」の阻害要因になっています。厚生労働省はこの状態をこのまま放置するのではなく、すぐにでも対策を打ち出し行動すべきです。
会計検査院の「政府情報システム会計検査」では、この「マイナンバーの情報連携の実施状況」の項の最後に、
「各府省等は、マイナンバー制度関連システムにおいて、マイナンバーの登録を進めるとともに、所管する事務手続において情報連携を一層推進する必要がある。」としています。
確かにその通りなのですが、例えば、ハローワークシステムについての厚生労働省の言い訳をそのままにしていては、「情報連携」がマイナンバー制度の目的達成に向けて機能するようになるには、まだまだ時間がかかるとしか思えません。
「情報連携」の利用件数が想定件数の5.5%しかなく、災害対策では利用件数がゼロというのは、「情報連携」に係るすべての行政期間の怠慢としかいえないのではないでしょうか。
「マイナンバー制度」が施行され、すでに5年が経過しています。最近はマイナンバーカードの普及にばかり行政のリソースが割かれているようですが、私たちが提供したマイナンバーが有効活用できていない現状をまず改善すべきではないでしょうか。
今後マイナンバー制度を主管するのはデジタル庁ということになります。
「情報連携」が機能しなければ、マイナンバーカードが普及しても、カードを持つことのメリットは出せないはずです。デジタル庁では、マイナンバー制度を国民にとってメリットのある制度とするために、制度の目指すべき方向性を各行政機関で共有し、「情報連携」で想定している手続きの連携処理がきちんと機能するようにしていくことを、制度の重要課題として取り組んでいただきたいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問