海上自衛隊で哨戒艦の導入構想を打ち出してから、しばらく経つ。もう少しすると現物が出てきそうだが、現時点ではまだ建造中。
その哨戒艦の話が出たときに、重武装化したらどうかという意見が散見された。「せっかく新しい艦を造るのなら、護衛艦の補助線力に」という了見かもしれないが、筆者はこれには大反対する論陣を張ったものである。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
なぜ哨戒艦の重武装化に反対したか
そもそも哨戒艦の話が出た背景には、「中国海軍の活動が活発になり、警戒監視任務の所要が増えて、使えるフネを手当たり次第に投入する」事態になった件がある。そうなれば、ことに護衛艦のオプテンポが上がり、訓練や整備に割く時間が減り、練度や即応性に問題が生じる事態が懸念される(それも中国側の狙いのひとつなのだろうが)。
それなら、実弾の撃ち合いになる可能性が低い警戒監視任務には専用の艦を投入しよう、というわけだ。この種の用途に用いる艦は世界的に見ても事例が多く、一般的に外洋警備艦(OPV : Offshore Patrol Vessel)と呼ばれている。
全長は80~100m程度が一般的。外洋での長期行動を実現するため、高い航洋性と航続距離の長さが求められる。もちろん、居住性も良いに越したことはない。一方で、警戒監視が主任務だから、重武装にする必然性はない。たいてい、30mm機関砲と小口径の機関銃を備えるぐらいである。
実は、そういうフネが我が国にはたくさんある。海上保安庁の巡視船である。「それなら、外洋航行に向いた、そこそこ大型の巡視船をベースにして哨戒艦に仕立ててもいい」というのが筆者の言い分であった。実際には新規設計になったようだが。
重武装にすれば、その兵装を扱い、保守するための人員を余分に乗せなければならない。兵装の能力を発揮させるには指揮管制システムやセンサー機能も充実させなければならない。そうなればもちろん、載せるモノが増えて艦が重くなる。すると大馬力の機関が必要になり、燃料消費が増える。
つまり、雪だるま式に調達・運用コストが上がる。飛行機の業界でいうところのグロース・ファクター(growth factor)である。
にもかかわらず、兵装だけポンと載せれば済むとでも思っているのか、「哨戒艦の武装強化論」が出てくる。かつて、「駆逐艦に迫る重武装の水雷艇」をこしらえた国民性は、そう簡単には変わらないものであるらしい。
リバー級OPVとクラビ級OPV
といったところで、2025年5月のシンガポールで開催された展示会「IMDEX Asia」の話である。この展示会の売りは、展示ホールでの展示とともに、ちょっと離れたチャンギ海軍基地で実艦を見られるところ。
そこでチャンギ海軍基地に行ってみたところ、バスを降りた現場の目の前に、英海軍のリバー級OPV「スペイ」と、タイ海軍のクラビ級OPV「プラチュアップ・キリカン」(Prachuap Khiri Khan)が、前後に並んで繋留していた。
実は、タイのクラビ級はイギリスのリバー級がベースで、それをタイの造船所でライセンス建造した。だから、この2隻を見ると一目でお分かりのように、船体や上構のラインは同じである。
リバー級は純然たる哨戒艦艇だから、いたって軽武装。主兵装は、バッチ1がエリコン20mm機関砲、バッチ2がノースロップ・グラマンのブッシュマスター30mm機関砲で、いずれも前甲板の遠隔操作式砲塔に組み込んでいる。そのほか、7.62mmの汎用機関銃(GPMG : General Purpose Machine Gun)や12.7mm機関銃を備える程度。まさに巡視船並み。
タイのクラビ級も、ジェーン海軍年鑑を見るとOPVに分類されている。ところがこちらの方が重武装で、前甲板にはOTOメララの76mm/62艦載砲を載せている。1番艦は昔の丸い砲塔を使うコンパット砲だが、2番艦は新しいステルス・シールド付きのタイプ。もっともこれは、ステルス・シールド付きのタイプしか製造していなかったためと思われる。
そして、2番艦の「プラチュアップ・キリカン」は、煙突の後方にRGM-84ハープーン対艦ミサイルを追加で載せている。ただしさすがに数は控えめで、連装発射機×2の4発。海上自衛隊のミサイル艇と同数である。
このほか、艦橋ウィングに手動操作の12.7mm機関銃M2、後方には遠隔操作式のMSI製30mm機関砲を備える。
他国にも似たような事例が
実はこの手の話、タイ海軍に限ったことではない。その一例が、ブルネイ海軍のダルサラーム級。全長80m、排水量1,625tという小型艦だが、前甲板にはボフォース57mm砲を、艦橋と煙突の間の隙間にはMM40エグゾセ艦対艦ミサイルの連装発射機×2を備えている。
ダルサラーム級で面白いのは、搭載艇を艦尾から出し入れすること。その関係もあってか乾舷が高めである。
当然、搭載する飛び道具が多い分だけ、人員の所要も増えるはずである。一方で、本格的な水上戦闘艦に匹敵する指揮管制システムやデータリンク機能があるかというと疑問だから、ハープーンやエグゾセがあっても「長い槍も積んでます」程度の話ではあろう。
所帯が小さい海軍にとっては、哨戒艦艇といえども貴重な戦力であり、積めるものなら対艦ミサイルぐらいは積んでおきたい、ということなのかも知れない。ミサイルを載せるスペースと重量の余裕があれば、後は射撃指揮システムを加えることで、艦対艦ミサイルを物理的に撃つことはできる。
ただ、データリンクを通じて外部からデータを受け取ることができなければ、自艦のレーダーで敵艦を捕捉して撃つしかない。すると当然ながら、レーダーで見通せる範囲まで接近することになるから、返り討ちに遭うリスクも増える。
しかし、相手がそれほど「強い」艦でなければ、ミサイルで叩ける可能性は上がる。おそらくはそういった考えがあって、哨戒艦艇でも対艦ミサイルぐらいは積もうという話になったのではないか。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。




