第526回で、海上自衛隊の最新型護衛艦「もがみ」型が装備しているNORA-50複合通信空中線。別名「UNICORN(UNIfied COmplex Radio aNtenna)」を取り上げた。そのNORA-50をインド向けに売り込もうという話が出ているのは、既報の通り。さて、実現するだろうか。
NORA-50に関するおさらい
NORA-50は、以下のアンテナを積み上げて、レーダー反射低減のためにエンクロージャで囲った構成になっている。
- レーダー用ESM(Electronic Support Measures。ES-R)
- 通信用ESM(ES-C)
- WiFiバンド(ORQ-2B-4洋上無線ルータ)
- Link 16データリンク
- UHF送受信
- IFF(Identification Friend-or-Foe)受信
- UHF/VHF送受信
- TACAN(Tactical Air Navigation)
キモは、TACANアンテナの構造を見直して、アンテナ内部に構造物を貫通させられるようにしたこと。それにより、TACANアンテナをマストの頂部ではなく中途に設置できるようにした。すると、マストの最頂部を明け渡すことができる。そこで、最頂部にはESMのアンテナを設置した。
艦艇が装備するESMアンテナの主な仕事は、敵の対艦ミサイルが飛来してレーダーを作動させたときに、そのレーダー電波を逆探知して、脅威の飛来を知ること。ESMアンテナの位置を高くすれば、それだけ見通せる範囲が広くなるので、敵ミサイルの飛来を早く知ることができる。
レーダー用の計算式をそのまま使うと、高度5mを飛翔する脅威を見通せる距離は、アンテナ高が15mの場合で24.9km、20mの場合で27.3km、25mの場合で29.5kmとなる。たかだか1~2kmの差というなかれ。ミサイルの飛翔速度が亜音速なら、時間にして十数秒前後の差になる。それだけ応戦のための時間的余裕が増すのだから、無視はできない。
そのNORA-50は当然ながら、海上自衛隊の艦が使用している電測兵装と組み合わせる前提で設計されている。だから、これを海外向けに売り出したいとなった場合に、海上自衛隊の艦が使用している電測兵装とワンセットで売り込むのであれば、話はまだしもシンプル。
といっても、それを載せる艦が別のものに変われば、電磁波干渉などの検証、あるいは設置・艤装要領に関する設計や検証はやり直しになるだろう。
インドにはインドのメーカーがある
さて。現時点で話が出ているNORA-50の売り込み先はインドだが、インドも御多分に漏れず、防衛産業の育成を図っている国である。そして防衛電子機器部門の分野では、バラト・エレクトロニクス(BEL : Bharat Electronics Ltd.)という会社がある。
インドには “Make in India” という国策があり、「自国で使うものは自国で作ろう」といっている。だから、例えばダッソー・ラファール戦闘機をインドに売り込んだときには、同機のRBE2レーダーで使用する送受信モジュールをBELで作ることになった。
また、インド海軍のシヴァリク級フリゲートはBEL製のESM装置を載せている。BELはこのほか、レーダー、電子光学/赤外線センサー、ソナー、各種アビオニクス、電子戦システム、いわゆるドローン・ジャマーなどの製品も手掛けている。
そのインドに向けてNORA-50を売り込もうとすれば、インド側が「欲しいのは空中線の部分で、電子機器の本体はうちで作ったやつを組み合わせたい」と言い出すのは当然の成り行きであろう。
パソコンの周辺機器みたいに統一化された規格があるならまだしも、防衛電子機器の分野は話が違う。では、異なるメーカーのバックエンド(電子機器の本体)とフロントエンド(空中線)を、ポンと組み合わせることができるのか。実のところ、簡単な仕事にはならないと思われる。
物理的・電気的なインタフェースの話はもちろんだが、意図した通りに電波を出したり受けたりできるのかという問題もある。まずは機器ごとに、それを検討・検証するところから話を始めなければならない。
そして、個別の検討・検証だけでは終わらない。複合型の空中線であるからには、前述した空中線の一式にそれぞれバックエンドの機器を接続して完成品にした状態でも、同様に検証のプロセスが必要になる。
そういった「技術的に実現可能か」という話に加えて、そこで必要となる追加作業にかかる経費・時間・インフラを誰がどう負担するんですか、という問題も発生する。
客先の事情を尊重しなければ売り込みはできない
「なんだってまた、そんな足を引っ張るようなことをいうんだ」と怒られるかもしれない。しかし、これは実際に起こり得る課題、クリアしなければならない課題を指摘しただけである。課題をクリアする意思と覚悟、それと交渉術があってこそ、輸出の商談が成立する。
まず相手国の事情を把握した上で、相手が何を求めてくるかを考えて、対応策を考える。しかも「待ち」ではなく、こちらから先手を打って「こういうことを考えておられることと推察しましたが、それに対してはこういうソリューションを考えています」と提示する。
それぐらいのことをしなければ、売り込みも何もあったものではない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。