第582回で、「2024国際航空宇宙展」(以下JA2024)においてBAEシステムズが展示していた、HMD(Helmet Mounted Display)付きのヘルメットを紹介した。先日、この製品を担当しているBAEシステムズのフィル・バーナバ氏にお話を伺うことができたので、さらに突っ込んだ話を取り上げてみる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
段階的に進化してきたHMD
軍用機の搭乗員は民航機と異なり、搭乗の際にヘルメットを被っている。そのヘルメットには、強い日射しを避ける等の用途から、上げ下げが可能なバイザーが取り付けられている。
そのバイザーにプロジェクターから映像を投影することで、前方の風景に重畳する形で多種多様な情報を得られるようにしたのがHMDである。計器盤に視線を落とさなくても済むところはHUD(Head Up Display)と同じだが、計器盤の上に取り付けるHUDは前方を見ているときしか使えない。それに対して、HMDはヘルメットに組み込まれているから、どちらを向いていても情報を得られる。
バーナバ氏の説明によると、最初に開発した製品は単眼式で、「Alpha-Sight」という名称。つまり片方の眼で見る方式で、似た形態の製品としてAH-64アパッチ攻撃ヘリ用のIHADSS(Integrated Helmet and Display Sight Systems)がある(映画『アパッチ』でおなじみのものだ)。
それに続いて登場したのが、ユーロファイター・タイフーン用のHMD組み込み型ヘルメット。これはテキストとシンボルだけを表示するもので、映像の表示には陰極線管を使用している。
BAEシステムズは、F-35用のHMDについても開発に取り組んだが、採用されたのはコリンズ・エアロスペースとエルビット・システムズが共同で手掛けた製品の方だった。しかし、このときの技術開発成果が後に生きることになったという。
最新型はストライカーII
そして、今回のブリーフィングの主役となったのが、最新のストライカーII。2023年9月に英国防省から4,000万ポンドの契約を得て開発を進めてきたが、2024年末に、ユーロファイター・コンソーシアムから1億3,300万ポンドの追加契約を得た。
まず英空軍のタイフーンFGR.4に搭載する予定で、導入予定時期は2027年頃となっている。さらに、ユーロファイター計画の他のパートナー国(ドイツ、スペイン、イタリア)も、導入することになった。
実は、ちゃんと機能するHMDができあがるだけでは十分ではない。戦闘機のパイロットが身につけるものだから、機動飛行によってGがかかった状態でも機能できなければならない。
また、緊急脱出する場面を想定した試験も必要になる。実際にHMD付きのヘルメットを被らせたダミー人形を、ロケット橇に取り付けた模擬コックピットに座らせて、そのロケット橇を走らせた状態で射出を実施するのだ。600kt(1,111km/h)で飛んでいても安全に脱出できることを確認しなければならないという。
ストライカーIIのHMDでは、フルカラー・高解像度の映像表示が可能になる。また、赤外線暗視装置も組み込まれる。特徴として、視野角が40度と広い点が挙げられるが、これは将来、さらに拡大したいとの話であった。
外部映像とシンボル表示を重畳するところはF-35のHMDも同じだが、F-35のそれは単色表示である。もっとも、F-35のHMDに表示する映像はEO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)、つまり赤外線センサーからのものだから、そもそも映像には濃淡しかなく、単色でも用は足りるのだが。
とはいえ、カラーの可視光線映像を表示できるようにすれば、それはそれで状況認識の改善に貢献するかも知れない。色の違いを見なければ分からない種類の情報もある。
それに、カラー表示が可能なデバイスでモノクロ表示を行うことは可能だが、逆はできない。将来の進化に備えた受け皿を用意しておくという意味もあるだろう。
映像表示用のデバイスも進化する
HMDでもHUDでも、元となる映像を表示するデバイス、つまりプロジェクターが必要になる。前述のように、当初のストライカーでは陰極線管を使用していたが、ストライカーIIではDMM(Digial Micro Mirror)というデバイスを使う。
陰極線管は電気を食うし、スペースも重量も必要とする。また、常に電気を印可しておかなければならない難点もあるという。将来はマイクロLEDを導入して、軽量化を図りたいとの話であった。LEDなら電力消費も抑制できるだろう。
面白いのは、(会議室などで行われているように)プロジェクターから直接、バイザーに映像を投影するのではないこと。まず、左右に組み込まれたプロジェクターから、ヘルメットの前面上部に組み込まれたミラーに映像を投影して、そこで左右からの映像を合成する。
そして、ミラーの映像を反射させる形でバイザーに表示するのだという。映像を投影表示するため、バイザーは単なる透明の樹脂ではなく、特殊なコーティングが施されている。
バーナバ氏の説明によると「いったんミラーを介するようにしないと、広い視野角を確保できない」とのこと。筆者はあまり光学技術について詳しくないので、分かるような分からないような話だが。
もうひとつ、面白いと思ったのが、HMDには不可欠である「頭の向きを検出する仕組み」。よくあるのは、ヘルメットに小さな磁石をいくつも組み込んでおいて、磁場の変化によって向きを検出する方式だ。
ところがストライカーIIはそうではなく、赤外線を出すデバイスがいくつもヘルメットの表面に突出している。それを機体側に取り付けたカメラで検出することで、頭の向きを把握する仕組みだそうだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。