ここまで、「システムの統合化」というテーマでいろいろ取り上げてきたが、それは主として「武器系」の話だった。「軍事とIT」なんだから当然といえば当然ではあるが、「武器系」以外でも統合化した事例があることに気付いた。それが、艦艇で用いられている統合プラットフォーム管制システム(IPMS : Integrated Platform Management System)。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
艦を動かすための配員は3名
6月に、トルコ海軍のアダ級コルベット「クナルアダ」が東京に寄港したので、見に行った。艦内での撮影は禁止だったので写真はないが、艦橋も見ることができた。その艦橋は小型艦の割には広々としており、中央には大きなコンソールが据えられていた。
コンソールに就くのは3人で、左が航法担当(目の前に電子海図の画面がある)、中央が操舵担当。そして右には、今回の話の主役であるIPMSの画面があった。この3人で、「現在位置の把握と針路・速力を決定する」「それを受けて艦を操る」「艦の動作状態を把握・制御する」が可能になる。
このほか、当直士官や見張り員がいるのだろうが、最近の新型艦の御多分に漏れず、艦橋の配員が少なくなる傾向に沿っている。以前に本連載で取り上げた伊海軍の哨戒艦「フランチェスコ・モロスィーニ」も、我が国の「もがみ」型FFMも同じ思想だ。
ただし、「クナルアダ」は、フネというより飛行機のコックピットみたいにしてしまった「フランチェスコ・モロスィーニ」ほどラジカルではなかった。
IPMSとは何をするものか
では、今回の本題であるIPMSとは何をするものか。ここでいうところの「プラットフォーム」とは、艦そのものを指している。IPMSを多く手掛けている、ノースロップ・グラマン傘下のスペリー・マリンの説明によると、IPMSとはこういうものだ。
「IPMSは、フリゲート、空母、潜水艦といった軍艦に向けた、洗練された管制ソリューション。推進、電気、空調換気、補機、ダメージ・コントロールといった機能を統合する」
推進とはいうまでもなく、艦が走るために使用する機関と推進機のこと。補機とは発電機・油圧ポンプ・空気圧縮機など、航行以外の分野で用いられる機器や動力源を指す。発電機で発生させた電力を適切に供給するのが電気系統だ。
ダメージ・コントロールは戦闘艦に特有の機能。戦闘被害が生じたときに、状況を把握するとともに、被害拡大を食い止めて艦の戦闘機能を維持したり、艦が沈まないようにしたりする。火災が発生したら消火装置を作動させるし、浸水が発生したら(現場に人を送り込んで)破孔を塞ぐとともに、ポンプを作動させて排水する、etc, etc。
中には、現場に人と機材を送り込まなければどうにもならない作業もあるが、状況の把握や遠隔操作で対処できる部分もある。といっても、電気配線や機器が正常に機能していれば、という条件付きではあるが。たとえば、スプリンクラーを作動させようとしても、ポンプや配管が壊されていたのでは、水が出ない。
ともあれ、こうした「艦そのものの機能」に関わる部分について、状況把握や管制を個別に行う代わりに、ひとつのシステム、ひとつの画面に情報を集約して少人数で操作できるようにするのが、IPMSというわけである。
第515回で取り上げた統合艦橋システム(IBS : Integrated Bridge System)は、航法や操艦に関わる機能を統合化したものだった。それに対してIPMSは、艦をフネとして機能させるための諸機能を統合化している。両者を組み合わせることで、少人数で効率的に艦を操れるようにする。
スペリー・マリン以外では、スペインのナヴァンティア、オランダのRHマリーン、アメリカのL3ハリス・テクノロジーズなどといったメーカーがIPMSを手掛けている。カナダ海軍の新型フリゲート、リバー級に搭載するIPMSはL3ハリスの製品だ。
IPMSを実現するには何が必要か
IPMSを実現するには、まず、中核となるコンピュータが要る。そして、状況を表示するためのディスプレイや、操作を指示するための操作系が要る。今なら、この両者はタッチスクリーン式のディスプレイを使えばワンセットにできる。
そして、管制対象となる機器・設備などの状況を知るためのセンシング機能と、機器・設備に対して何かを指示する機能が必要になる。推進用機関であれば、燃料タンクの残量、機関の回転数、排気温度、冷却水の温度などを知る必要がある。電気系統なら系統ごとの電圧・電流・周波数(交流の場合)を知る必要があるし、系統の切り替え指示を出す場面もあり得よう。排水ポンプは動作の指示を出すだけでなく、動作状況を見る必要もある。
ともあれ、個々の機器やセンサー類とIPMSをネットワークで結んでデータや指令をやり取りする必要があるので、冗長化した、高い信頼性を持つネットワークが不可欠。それだけでなく、相手の機器やセンサーが特定の製品に限定されるわけではないから、インタフェースをどうするかという問題も出てくる。この辺はIPMSに限らず、システム構築では普遍的について回る課題である。
使用する立場からすると、状況を一目で理解できる画面表示や、誤操作しにくいように配慮された操作系、といったマン・マシン・インタフェースが問題になる。
さらに、後日のメンテナンスのことを考えると、機器類の動作状況を監視・記録する、いわゆる状態監視みたいな機能も欲しくなるだろう。ログしておくだけでなく、緊急性が高い情報についてはその場で整備部門やメーカーに飛ばすようにすれば、その後の対処が容易になるかもしれない。
また、機器構成やその規模は艦によってさまざまだから、IPMSの側では幅広く対応するためのスケーラビリティが求められる。ネットワークの冗長化やコンピュータの冗長化という話もあるだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。