飛行機を操るパイロットの養成では「練習機」が登場する。それも、最初はシンプルなメカニズムで速度が遅い「初等練習機」から始めて、「高等練習機」「実用機」と段階を踏む。ところが、そうした訓練課程において、世間の耳目を引きつけるのは「練習機」ぐらいのもの。果たしてそれだけの話なのか、というのが今回のお題。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
「新しい練習機を買う」だけの話なのか
さて。航空自衛隊の次期初等練習機が、テクストロン・エヴィエーションのT-6テキサンIIに決まった(2024年11月29日に発表)。
また、T-4練習機の後継に関する話もいろいろ取り沙汰されている。T-4は高等練習機の分野に属する機体で、超音速飛行はできないが、小型で機敏に動くジェット機の操縦について学ぶことはできる。
諸外国の機体でいうと、BAEシステムズのホークや、レオナルドのM-346、アエロ・ボドホディのL-39シリーズ、ダッソー/ドルニエのアルファジェットなどと同じカテゴリーといえる。より戦闘機に近い機体としては、韓国KAI製のT-50や、ボーイングとサーブが共同開発しているT-7レッドホークもある。
そんな状況なので、「T-4の後継機は、やはりT-7か」「いやいやM-346の方が良くないか」などと口角泡を飛ばす場面が出てくるわけだ。「超音速戦闘機のパイロットを養成するなら超音速練習機がないと」「いやいや、これからの戦闘機乗りはシステム・オペレーターとしての素養が求められるから、そっちの訓練こそ大事」といった議論もある。
ただしこの手の議論は、機体にのみ着目してしまっているところに問題がある。いまや、パイロットの養成は「練習機」という単体のハードウェアのみで決まるものではなく、統合的な「訓練システム」の下で行うものである。というのが今回のお題。
訓練システムの構成要素
イギリスでは、軍用機のパイロット養成を三軍がバラバラに行うのではなく、UKMFTS(UK Military Flying Training System)という計画名称の下で統合した。さらに、PFI(Private Finance Initiative)の枠組みを利用して、民間企業に委託する体制を作った。
UKMFTSは空軍だけでなく、陸軍や海軍のパイロットも養成する。だから、初等練習機から始まる課程は途中で枝分かれして、ヘリコプター、戦闘機(イギリスでは “fast jet” と呼ぶことが多い)、輸送機や哨戒機のような大型多発機の課程が並ぶ体制になっている。
もちろん、それぞれの課程に見合った練習機は用意するのだが、それだけではない。座学のための教室や、シミュレータを初めとする各種の訓練機材も、教範やその他の学習教材もワンセットである。
シミュレータといっても、真っ先に想起されるであろう、ビジュアル装置やモーション装置を備えた最高級品のFFS(Full Flight Simulator)だけではない。いきなりそれを使わせるのではなく、段階を踏むものだ。
だから、コックピットにある計器やスイッチの取り扱いを覚えるためのCPT(Cockpit Procedures Trainer)や、個別の機能に特化したPTT(Part Task Trainer)など、その種類は多岐にわたる。パソコンを使ったCBT(Computer-Based Training)も多用される。
もちろん、シミュレータ訓練の後で飛ばす実機とシミュレータは、同じ仕様になっていないといけないから、そこでは形態管理の問題が出てくる。実機に何か改修を施したら、それをシミュレータや教範にも反映させなければならないし、実際、そういう事例はいくつもある。
また、全員が一律に同じ日程、同じ内容、同じスピードで訓練を消化していくわけではない。訓練の進み方や出来・不出来は一人ずつ異なるから、訓練の進度や成績を管理する仕組みも必要になる。
こういった、さまざまな仕組みや道具立てをバラバラに設置・運用するのではなく、一元的に設置・管理・運用することで、ひとつの「パイロット訓練システム」が出来上がる。特にホーク、M-346、T-7、PC-21などといった機体は、練習機を単品で売り込むのではなく、総合的な「パイロット訓練システム」として売り込むのが目下の趨勢になっている。
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これはピラタスPC-21。ターボプロップ機といってバカにしてはいけない。これを使ってジェット戦闘機の搭乗員を養成している国もある。この機体も、単独ではなく「訓練システム」として売り出されることがほとんど 撮影:井上孝司
複数の企業がチームを組んで担当する
こうしたシステムは航空機メーカーだけで実現できるものではなく、パイロット養成を受け持つ教育機関(あるいは企業)や、シミュレータを手掛ける企業なども参画する。
UKMFTSの場合、Ascentという企業チームが担当している。構成メンバーの中核となるのはバブコックとロッキード・マーティンだが、使用する練習機を担当する機体メーカーや、機体の整備・維持管理を担当する会社、そしてCAEのようにシミュレータのメーカーも関わっている。
ということは、そのチームに参画するメーカーの顔ぶれと過去の経験・実績が、提供するパイロット訓練システムの良し悪しを左右すると考えられる。しかも、個別の要素が優れているかどうかだけでなく、構成要素を組み合わせた「システム」としての全体最適を追求しなければならない。
「餅は餅屋」ということで分野ごとに優秀な構成メンバーを集めた上で、全体を一元的に俯瞰・管理・運用する体制を作る。そして、「うちの企業チームは、豊富な経験を持つメーカーを糾合しており、より効率的な訓練体系を提供できます」とアピールできなければならない。
機体メーカーが「うちの練習機は、こんなに飛行性能が優秀です」ばかりいうようでは駄目なのだ。逆に、選定する側がそこにばかり着目するのも、同様に駄目である。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。