当初は別のネタを予定していたのだが、8月20日に、ドイツ海軍のフリゲート「バーデン・ヴュルテンベルク」が東京国際クルーズターミナルに寄港した。時事ネタ優先ということで、今回はこちらの話を先に取り上げてみたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • これが「バーデン・ヴュルテンベルク」。案外と大きな艦で、排水量は7,000tを超えている 撮影:井上孝司

125型は非対称戦を想定

「バーデン・ヴュルテンベルク」は、ドイツ海軍が建造したフリゲートのうち「125型」と呼ばれるモデル。同級の特徴は、本国から遠く離れた海域で長期にわたり、非対称戦を実施することを想定した点にある。

正規軍の艦隊同士でドンパチやることは、基本的には想定していない。こんな書き方をすると語弊があるかもしれないが、実態は重武装の巡視船みたいなところがある。

だからフリゲートと名乗る割には軽武装で、目立つ搭載兵装といえばOTOメララ製の127mm艦載砲が1基、RGM-84ハープーン艦対艦ミサイルの4連装発射機が2基、RIM-116 RAM(Rolling Airframe Missile)艦対空ミサイル用の21連装発射機が2基。これだけである。

ところが、その先が面白い。これらの兵装に加えて、ラインメタル製の遠隔操作式27mm艦載機関砲MLG27を、上部構造中央付近の左右に1基ずつ。さらにOTOメララ製のHitrole-NTという遠隔操作式機関銃塔を5基も据えている(これには12.7mm機関銃が付いている)。さらに12.7mm機関銃・2挺の設置も可能だが、これは遠隔操作ではない。

  • これがMLG27。手前側に弾倉、向こう側に電子光学センサーが付いている 撮影:井上孝司

非対称戦における主な脅威は、本格的な軍艦ではなく、例えば小舟に乗った海賊や、自爆ボートで突っ込んでくる過激派テロリストなどが考えられる。そうした相手に対して、ハープーンはオーバーキルであるし、そもそも威力の話以前に不適合。機関砲の方が向いている。

実際、米海軍でも小艇の襲撃に備えて、BAEシステムズ製の遠隔操作式25mm機関砲Mk.38を多くの艦に搭載している。ちなみにMLG27は、主兵装として、パナビア・トーネードやサーブJAS39グリペンが搭載しているマウザーBK27機関砲を組み合わせている。

また、ヘリコプターは2機の搭載が可能で、東京寄港時には2機のリンクスMk.88を載せていた。これで一応、潜水艦の捜索はできるし、機関銃で武装すれば小艇への対処も可能と考えられる。

センサーはどうか

「バーデン・ヴュルテンベルク」の対空捜索レーダーは、ヘンゾルト製のTRS-4D。これには回転式アンテナを持つモデルと4面固定のフェーズド・アレイ式アンテナを持つモデルがあるが、「バーデン・ヴュルテンベルク」が装備するのは後者。身も蓋もないことを書くならば、対空捜索レーダーだけはえらく高級である。

  • 艦橋上部の構造物。2面ある四角い物体がTRS-4Dのアンテナ・アレイで、その上に屹立しているのが電子戦用のアンテナを設置したマスト 撮影:井上孝司

電子戦システムも備えているが、これはロード&シュワルツ製のKORA-18といい、レーダー電波を逆探知するRESM(Radar Electronic Support Measures)の機能と、無線通信を傍受するCESM(Communications Electronic Support Measures)の機能を備える。

つまりパッシブ専用で、こちらから妨害電波を出すことはしない(それらしきアンテナも見当たらない)。しかし非対称性脅威が相手では、妨害電波で妨害する相手といっても無線通信ぐらいしかないから、これでよいという判断だろう。

ただし、デコイ発射機は備えている。RAM艦対空ミサイルと同様に、対艦ミサイルへの備えは一応あるわけだ。最近ではイエメンのフーシ派みたいに、正規軍でなくても対艦ミサイルを撃ってくる輩がいる。

そのデコイ発射機はラインメタル製のMASS(Multi Ammunition Softkill System)で、4基の搭載を確認できる。独艦だけでなく、カナダ海軍のハリファックス級フリゲートなどで、多数の採用実績がある製品だ。

  • 右下にある黒い扇形の物体がMASS。その左手と左端にあるのがHitrole-NT、ミサイル発射機はRAMのもの 撮影:井上孝司

このほか、戦術データリンクの備えもあるようだ。通信関連で面妖なのは、衛星通信用と思われるアンテナ・ドームの中に、網で囲った状態になっているものが存在すること。そんなことをして無線通信の邪魔にならないのだろうか。網の素材にもよるが。

なんにしても、本国から離れた遠方に進出して任務に就く前提だから、本国と連絡を取るために衛星通信や短波通信の機材は欠かせない。

  • 一部のアンテナ・ドームはこんなことになっている。その左に、振動吸収マウントを介して載せられているのは電子光学センサーで、艦首側にも同じものがもう一つある 撮影:井上孝司

非対称戦を想定した艦らしいところ

さらに艦上を子細に観察してみると、TRS-4Dのアンテナ・アレイを取り付けてある構造物に、電子光学センサーのターレットが付いているのがわかる。

小艇や自爆ボートの類は小さく、レーダーで探知しようとしても海面からの乱反射に紛れ込む可能性が高い。そうした場面を考えると、電子光学センサーも欲しい。それに、映像の方が識別に適している。

また、2連のサーチライトとラウドスピーカーを組み合わせた装置が、上部構造物に載っている(4基を確認できた)。接近してくる小艇に対してサーチライトを照射するとともに、ラウドスピーカーで警告するという話になるのだろうか。

  • 艦橋ウィング。右上にある対水上レーダーの横に、サーチライトとスピーカーを組み合わせて旋回・俯仰できるようにしたメカが載っているのが分かる 撮影:井上孝司

軍艦は、任務を果たすための装備、すなわち武器を載せて運ぶためのプラットフォームだから、想定している用途・任務が変われば、搭載する武器も変わる。ことに「バーデン・ヴュルテンベルク」級は、非対称戦に特化するとのコンセプトだから、武器もセンサーもユニークな陣容になっている。それを生で見られたのはラッキーであった(ちなみに、バーデン・ヴュルテンベルクは日曜に出港予定だ)。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。