ここまで11回にわたり「陸上の電波兵器」を紹介してきたが、今回は前回に引き続き、陸戦用の通信機に関する話題を取り上げる。前回は「基本」の話だったが、今回はどちらかというと「付随的」な話になる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

アクセサリーいろいろ

アクセサリーといっても装身具の話ではなくて、通信機と組み合わせる周辺機器のことだ。航空機ではエンジンに取り付ける発電機などの補機をアクセサリーというが、それと似ている。

通信機で音声通話を行う場合、相手の声を聞き取る道具と、こちらの声を送り届ける道具が必要になる。航空機搭乗員であれば、ヘルメットにマイクとスピーカーを組み込まむのが一般的。艦艇では、必要なときだけマイクを手で持って通話すれば済むことが多そうだが、ヘッドセットを使う事例もあるようだ。

では陸戦はどうか。

ヘッドセット

指揮所にいる、あるいは指揮車の車内にいる指揮官や通信士なら、マイクを手で持って通話できる。しかし、人によっては手が空いていないこともあり得る。たとえばの話、両手でライフルを持っていたらマイクを持つ手がない。

  • 海兵隊員が指揮所で、AN/PRC-117無線機を用いて通話中。こういう状況なら、マイクを手で持って話せる 写真:USMC

だから、個人携行用通信機にはオプションとして、ヘッドセットを用意することがある。ヘッドセットがあれば、聞き取る内容が周囲に聞こえない利点もある。

アンテナ

また、組み立て式の長いアンテナを用意することもある。ハリス社(現在はL3ハリス・テクノロジーズ)製AN/PRC-152の資料を見たら、7mまたは9mのアンテナ・マストを構築できるRF-5941-SM903マルチバンド・アンテナ・マスト・システムの用意がある、との記述があった。

アンテナを高く伸ばせば、その分だけ遠方まで通信範囲に入ると期待できる。

車載用通信機は別に用意する?

前回に述べたように、陸戦では個人レベルで持ち歩く通信機だけでなく、車載用通信機のニーズもある。そちらは個人携行ほどにはSWaP(Size, Weight, Power)の要件が厳しくない。それに、個人携行用よりも大型で、高性能の通信機を求めるニーズもあるだろう。

そこで別個に車載用の通信機を起こすのも一つの考え方ではあるが、実際には個人携行用通信機にアダプタを取り付けて車載化するキットを用意する事例もある。

アダプタといっても、物理的に取り付けるためのベース・ステーションを用意するだけの話ではない。さらに、パワーアンプをセットにすることもある。つまり、個人で携行できるレベルのバッテリに依存しなくてもいい車載型なら、出力を重視して外付けのパワーアンプを組み合わせることで送信出力を上げられるという考え方。

個人携行用通信機や背負式通信機を車載用として「も」使うのであれば、通信機の機種を集約できるから、調達・維持管理・教育訓練のコストを抑えられる。しかも、必要に応じて「車両から外して持って行け」といった使い方ができるから、運用の柔軟性が高くなる。

といっても、もちろん「餅は餅屋」だから、AN/VRC-110みたいな車載専用の通信機もある。

救難用通信機

持ち歩くのは航空機搭乗員だが、使用する現場は陸上。そんな通信機もある。それが救難用通信機。事故あるいは被撃墜で機外脱出を余儀なくされたり、墜落あるいは不時着した機体から外に出たりした搭乗員(サバイバー)が、救難機と連絡を取る際に使用する。

この手の通信機は、救難機とやりとりするための音声通話機能だけでなく、位置を知らせるためのビーコン機能を備えている。救難機が受信機を搭載していたら、電波発信源の方位が分かるので、そちらに向けて進めばサバイバーに行き着ける。救難機が異なる2地点でビーコンの方位を調べれば、それぞれの方位線が交差する場所にサバイバーがいると分かる。

たまたま手元に資料があるのが、米軍のAN/PRC-90という救難用通信機。音声通話の周波数が282.8MHzと243.0MHz、ビーコンの周波数が243.0MHzで、回転式のセレクターで切り替える仕組み。筐体の上部にはスピーカー、下部にはマイクが組み込まれている。バッチリ持続時間は14時間。使用する際には、畳まれているアンテナを伸ばす。

こうした救難用通信機には独特の工夫が求められることがある。サバイバーが敵地に降り立ってしまった場合、無線での音声通話が難しくなる。音を立てたら敵兵や敵地の住民に見つかりかねないからだ。そこで、スピーカーの代わりにイヤホンを付けるようになった。こうすれば、サバイバーに向けて送られた通信をサバイバー本人だけが聴き取れる。

  • AN/PRC-90-2救難用通信機。「LISTEN」はスピーカー、「TALK」はマイクを示す。中間にあるのが音声通話とビーコンとOFFを切り替えるセレクター 写真:USAF

ボーイングが開発した米軍向けの救難用通信機・CSEL(Combat Survivor Evader Locator)は、名称に “Locator” とあるのがポイント。この製品はGPS(Global Positioning System)の受信機を内蔵しており、サバイバーの位置を緯度・経度の情報として送信できる。すると、救難機がサバイバーを見つけ出すのが容易になると期待できる。

  • こちらはCSEL。左手で持っている部分が本体で、右手で持っている部分は脱着可能なLi-ionバッテリ 写真:USAF

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。