過去記事のデータをあたってみたら、まだ取り上げたことがなかったのでびっくり仰天。それが超水平線レーダーである。英語ではOTH(Over-the-Horizon)レーダーという。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
超水平線レーダーとは
一般的に、レーダーはマイクロ波を使用するもので、周波数が低くてもせいぜい超短波(VHF)である。一般的な傾向として、高い周波数の電波を用いると分解能が向上する。一方で、電波の直進性が強くなるために見通し線範囲内の探知しかできないのが普通である。
それに対して、OTHレーダーで用いる電波は周波数が低い。具体的にいうと、周波数30MHz以下の短波(HF)を用いる。ラジオ放送や無線通信でお分かりの通り、HFは電離層で反射されるため、上空の電離層に向けて送信した電波は電離層と地表の間で反射されながらジグザグに伝搬する。
すると、地平線・水平線より向こう側まで電波が届くので、これをレーダーに応用すれば地平線・水平線の向こう側を探知範囲に含めることができる理屈となる。一方で、分解能はあまり高くできない。また、電離層の状態は常に一定ではないので、そちらの影響も受ける。
こうした事情から、HFを使用するOTHレーダーが有用性を発揮できる分野は限られるが、ツボにはまれば役に立つと期待できる。では、実際にOTHレーダーを導入している国や事例にはどんなものがあるか。
-
米海軍研究所(NRL:Naval Research Laboratory)が、1961年にチェサピーク湾岸に設置した、MADRE(Magnetic Drum Radar Equipment)というOTHレーダー 写真:US Navy
アメリカ、ロシア、オーストラリアなどで配備
米空軍では、AN/FPS-118 OTH-B(Over-The-Horizon Backscatter)を東西両海岸に配備している。これは送信機と受信機が別々の場所にあるバイスタティック構成で、探知可能距離は800km程度とされる。
また、レイセオン製AN/TPS-71 ROTHR(Relocatable Over-the-Horizon Radar)もある。米海軍が1993年に配備を始めたもので、テキサス州、ヴァージニア州、米領プエルトリコで合計6基が稼働中。これは64度の角度をカバーでき、探知可能距離は920~3,000kmとされる。もともと航空機と艦艇の早期警戒用として作られたが、近年では中南米方面の国境警備や対麻薬作戦で活躍しているという。
ROTHRが使用するアンテナは、372個のツイン・モノポール素子で構成しており、長さ2.58kmのリニアフェーズ受信アレイを用いて方位分解能0.5度を達成するとされる。また、ドップラー処理によって移動目標を拾い出す機能もある。距離分解能を高めるために25kHzの周波数変調を用いるとの話もあるが、これはパルス圧縮のことであろうか。
前述したように、短波の伝搬に関わる状況は変動するため、ROTHRでは、状況を調べて周波数を変える等の処理が常に行われているそうだ。
ソ連~ロシアも1940年代末期からOTHレーダーを配備・運用している。最新のものはKonteyner (コンテナのこと)といい、2019年に1号機をモルドバに、2020年に2号機をカリーニングラードに配備した。探知可能距離は3,000km程度で、欧州全域をカバーできるとされる。
オーストラリアは同国北部に、JORN(Jindalee Operational Radar Network)というOTHレーダーを配備している。1号機をクイーンズランド州のロングリーチ、2号機を西オーストラリアのレバートン、3号機をノーザン・テリトリーのアリススプリングスに設置しており、探知可能距離は3,000kmほど。
JORNについては2010年代に前半に改良計画を走らせて、BAEシステムズとロッキード・マーティンの現地法人が作業に従事した。この能力向上改修により、航空機や哨戒艇サイズの水上目標に対する探知能力を改善したとされる。さらに、2016年に追加の改良計画が始まり、2042年まで運用を続けることになっている。
ブラジルでは、イスラエルのIAI(Israel Aerospace Industries Ltd.)が一部株式を保有するIACIT Soluções Tecnológicas というメーカーが、OTH 0100というOTHレーダーをリオ・グランデ・ド・スル州のアルバルダンに設置した。これはブラジル海軍向けの洋上監視手段と位置付けられている。
このほか、中国が内モンゴルにOTHレーダーを配備したとの話が報じられたことがある。
OTHレーダーが役に立つ場面とは
こうしてみると、アメリカ、ロシア、オーストラリア、ブラジル、中国のいずれも、広大な国土と長大な国境線を持ち、広い範囲を効率よく監視できる早期警戒手段のニーズが大きいという共通点がある。
前述したように、OTHレーダーの分解能は決して高いものではないが、早期警戒手段として「何か脅威がいる」と分かるだけでも有用性は高いわけだ。
低い周波数の電波を使用することから、OTHレーダーの空中線は必然的に大がかりなものになり、設備一式を据え付けるには場所をとる。しかし国土が広大であれば、これは大した問題にならない。人口希薄な場所であれば、強力なHF電波を出しても社会の迷惑にはなりにくいし、人口希薄な広い土地を抱えているからこそOTHレーダーのニーズがある。
実は我が国でも、冷戦末期の1980年代にOTHレーダーを導入する話が取り沙汰されたことがある。しかし、早期警戒手段が欲しいという言い分は分からないではないものの、実際に導入している前述の諸国と比べると、設置に際しての条件が悪い。
それに、脅威の源が比較的近いところにあるから、OTHレーダーが何かを探知できたとしても、それが何者なのか確認して対処するための時間的余裕に乏しい。これでは、OTHレーダー導入が沙汰止みになったのは無理もないし、結果的に正しい判断だったといえるだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。