実は、艦載電測兵装には独特の厄介な課題がある。それが「煙突」。電子機器はそもそもデリケートなものだが、それと組み合わせるアンテナも、煙突から出てくる高温の排気が直撃したら、あまり良い影響はない。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
煙幕は張らなくなったけど……
昔、目視に頼って海戦を行っていたときには、自艦が敵艦から発見されにくくなるようにといって、煙幕を展張することがあった。普段なら、敵に見つかってはいけないから、機関の排気はできるだけ煙を出さない方がいいのだが、いったん見つかって戦闘になってしまえば話は別。機関の運転操作にチョイチョイと細工をして、わざと煙を出す。
レーダーをはじめとするセンサーが普及した昨今では、さすがに「海戦の際に煙幕を張る」なんていう話は過去のものになった。ところが、煙が出ていなくても高温の排気は出ており、機関を運転している限り、これは止められない。
そして艦は基本的に前方に向かって航行しているから、煙突の後ろ上方に設置したものは、煙突から出てくる高温の排気を浴びるものと考えてかからなければならない。
黒塗りのマスト
黒塗りといっても、開示請求を受けて出てきたお役所の文書の話ではなくて。
普通、軍艦は灰色塗装である。ところが、(この辺は国によっても違いがあるが)煙突の後方に設けたマストなどについて、他と同じ灰色ではなく、黒塗りにしている場面をチョイチョイ見かける。
下の写真は海上自衛隊の「あさぎり」型護衛艦、「うみぎり」。2基の煙突を挟んで前後に1基ずつマストを立てているが、艦尾側のマストと、そこに取り付けられているアンテナ(のフェアリング)が黒塗りになっている。また、後部マストを左舷側に寄せて、右舷側に寄っている後部煙突からの排気を避けようとしているようだ。
それと比べると目立たないが、カナダ海軍のハリファックス級フリゲートも、煙突の直後に立てたマストだけ黒塗りにしている。
排煙の影響でどうしても汚れやすいから、という理由でマストを黒塗りにするのだろう。当節のディーゼル機関やガスタービン機関なら、昔みたいに煤まみれになることは少なそうだが、皆無とはいえない。
面白いのは中国の江凱II型(054A型)フリゲート。煙突の直前に構造物を立ててアンテナを載せているが、構造物だけ黒塗り、アンテナのフェアリングは灰色、と使い分けている。構造物の形状に工夫をして、その上に載せたアンテナに排煙が直撃しないように工夫しているようにも見える。
同じ中国海軍の艦でも、昆明級(052D型)駆逐艦は黒塗りにしていない。煙突の直後にある対空捜索レーダーのアンテナは、どう見ても排煙が直撃しそうではあるのだが。
近年ではあまり使われないマック
実は、「電測兵装を設置する場所の確保」と「機関の排煙を出す煙突の設置」を両立させる手段として、マックがある。Macではなくてmack、mast(マスト)とstack(煙突)を組み合わせた、艦艇業界の造語だ。
マックは基本的に、塔状の構造物を立てて、その頂部に電測兵装を載せる形で構成する。構造物の内部には煙路が通っていて、側面あるいは後方に向けて煙路を突出させて排気する。上で挙げた昆明級駆逐艦の後部マストは、マックに似た構造といえる。
下の写真は、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦「しらね」。前後の煙突ともマックになっていて、艦尾側に向けて斜めに突き出した部分に煙突が組み込まれている。前部マックの上部と、そこに載せている各種の電測兵装が黒塗りになっている理由は前述した通りだ。
ところが近年では、マックを備えた艦をあまり見かけない。ガスタービン機関を使う艦が増えたのが一因と思われる。ディーゼル機関や蒸気タービン機関と比べると、吸排気量が多いガスタービン機関の煙突は場所をとる。艦尾向きに小さな排気筒を突き出すぐらいでは足りないのだ。
実際、「しらね」は蒸気タービン機関だし、「太原」はディーゼル機関とガスタービン機関の併用。両者を併用しているから、「太原」の写真を見ると、ディーゼル機関から煙路を導設する後部煙突と、ガスタービン機関から煙路を導設する前部煙突のサイズの違いが明瞭に分かる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。