よくよく見てみたら、このテーマの中で、まだ取り上げていなかったのが電子戦関連装備の設置場所。もちろん艦艇に電子戦装備はつきものだが、設置に際しては電子戦ならではの特徴が出ている。かもしれない。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • 仏海軍のFREMMフリゲート「ロレーヌ」。中央部に立てたマストとその周囲に、電子戦関連のアンテナを集中配置している 撮影:井上孝司

電子戦の3点セット

艦艇が搭載する電子戦装備の3点セットは、以下の陣容となる。

ESM(Electronic Support Measures)

いわゆる逆探知装置で、敵の航空機、艦艇、ミサイルなどが発信する電波を受信するとともに、発信源の方位を知り、同時に発信源の種類を識別する。

ECM(Electronic Countermeasures)

いわゆる妨害装置だが、妨害の対象は主として、自艦に向けて飛来する敵の対艦ミサイルとなる。対艦ミサイルの多くは終末誘導のためにアクティブ・レーダー誘導を使用するので、そうなる。

デコイ発射機

これも、対象は自艦に向けて飛来する敵の対艦ミサイルとなる。レーダー誘導ミサイルであれば、チャフを投射して贋目標をでっち上げる。赤外線誘導ミサイルであれば、フレアを投射して贋目標をでっち上げる。

基本的な流れとしては、ESMによる脅威の識別に始まり、さらに対空捜索レーダーあるいは対水上レーダーで、飛来する脅威を捕捉して針路・速力を知る。そして、ECMで妨害を仕掛けたり、チャフやフレアを投射したりすることになる。

例えばの話、相手がレーダー誘導ミサイルなのにフレアを撒いても意味がないから、脅威の識別は重要な意味を持つ。

さらにESMについては、平時から出番がある。仮想敵国の航空機や艦艇がレーダーや通信機から発信する電波を傍受してELINT(Electronic Intelligence)の収集に役立てたり、仮想敵国の無線通信を傍受してCOMINT(Communication Intelligence)の収集に役立てたり、といった用途。だから艦によっては、レーダー用のESM(RESM)と通信用のESM(CESM)を別個に備えていることもある。

ESMは高所に置き、ECMには指向性を持たせる

さて。大抵の艦艇で、ECMの方がESMよりも大がかりなアンテナ装置一式を持ち、かつ、設置位置が低い。第526回で海上自衛隊のNORA-50に関連して述べたように、ESMは脅威の飛来をできるだけ早く知るために重要なので、ESMアンテナの方が高い位置に置かれるのが通例。

ことに欧州諸国の水上戦闘艦ではESMを重視する傾向が強いようで、専用に細いマストを立ててESMのアンテナを集中配置する事例がいくつもある。

仏海軍のFREMM(Frégates Européennes Multi-Missions)フリゲートことアキテーヌ級が典型例。一方、英海軍の艦では、艦橋の上に建てた塔型構造物の高所に、全周をカバーするようにESMのアンテナを設置する傾向が強いようだ。

  • 英海軍の23型フリゲート「モントローズ」。煙突の艦首側、ARTISANレーダーを載せた太いマストの周囲に、トゲトゲのレーダーESMアンテナが取り付いている。煙突の後方には、CESM用と思われる細いアンテナ・マストがある 撮影:井上孝司

言わずもがなの話だが、ESMは多様な種類の発信源について傍受・識別・方位標定ができないといけないので、どちらかというと高い汎用性を持たせた設計になる。

それと比べると、ECMの方が目的を絞り込んでいる。「自衛のため」というところは戦闘機や爆撃機が搭載するECMと共通性があるが、航空機のECMは対象が広く、ミサイル自体が持つ誘導レーダーだけでなく、捜索レーダーや射撃指揮レーダーも妨害したい。

それに対して艦艇のECMは「対艦ミサイル避け」が主目的になるので、対艦ミサイルの誘導システムが使用する、高い周波数のレーダーが主敵と考えられる。

米海軍の水上艦が汎用的に使用しているAN/SLQ-32(V)のシリーズではさまざまな改良型があり、横須賀配備の艦でも新しいAN/SLQ-32(V)6を装備する艦が多くなった。これはロッキード・マーティンの製品で、開発時の主な眼目は、「デジタル技術を取り入れて、受信機とアンテナ・グループの能力を向上」「戦闘システムとのインタフェース単一化」であるという。

従来のAN/SLQ-32(V)シリーズと異なり、外見も大きく変わっている。初期型AN/SLQ-32のアンテナはフェーズド・アレイ型ではないが、(V)6のそれはフェーズド・アレイ型アンテナっぽく見える。

  • 艦橋構造物の側面に付いているのがAN/SLQ-32(V)6。横須賀配備のアーレイ・バーク級は、おおむね(V)6に換装されているようだ 撮影:井上孝司

ちなみに、航空機用のECMでもフェーズド・アレイ型のアンテナを使用する事例がある。全方位に向けて平均的に妨害波を出す代わりに、接近する脅威に向けて集中的に妨害波のビームを指向しようとすると、電気的に首を振れるフェーズド・アレイ型のアンテナは具合がよろしい。

脅威に合わせた電子戦機器を

脅威の種類に応じて、ECMの側も構成を変えなければならないことがある。仮想敵国が持っている対艦ミサイルのシーカーを妨害するためには、それに最適化したECMを持たねばならぬ、という図式。

そのせいか、米海軍のアーレイ・バーク級駆逐艦は、配備先によって電子戦機材の陣容が違う。その身近な典型例が、日本に前方展開している第7艦隊所属の艦に特有の装備となる、L3ハリス・テクノロジーズ製のAN/SLQ-59 TEWM(Transportable Electronic Warfare Module)。

これは多面体のフェアリングで覆われた空中線・4基を、左右の艦橋ウィング直下に三角形の張り出しを設けて2基ずつくっつけている。タイコンデロガ級巡洋艦にも搭載事例があり、こちらは上部構造物の側面に2基、それぞれ離した形で設置している。

  • 横須賀配備のアーレイ・バーク級駆逐艦。艦橋構造物の側面に付いている電子戦機材のうち、下がAN/SLQ-32、上がAN/SLQ-59 撮影:井上孝司

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。