海上自衛隊の最新型護衛艦「もがみ」型は、いろいろな意味で従来の護衛艦の「常識」を壊している。その一つが、NORA-50複合通信空中線。後で、これに「UNICORN(UNIfied COmplex Radio aNtenna)」という名前がついた。どうも海外向けの売り出しを企図してのことらしい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
ステルス化と統合マスト
UNICORNという呼び名には、外観が「一角獣の角」に似ていなくもないことと、「複合通信空中線」をストレートに英訳したものと、二重の意味があると思われる。
艦艇のステルス化はもはや、いちいち言い立てるものでもなく「やって当たり前」の話。そこで電測兵装にフォーカスした場合、実現手法は二種類に大別できる。
マストや上部構造と統合してステルス化
一つはマストや上部構造との統合化。以前に取り上げた米海軍のズムウォルト級が典型例で、構造物の表面に平面アンテナを埋め込んで、真っ平らにしてしまう。
もっともズムウォルト級の場合、最初は真っ平らだったものが、後から衛星通信アンテナ(UHF用のAN/USC-42だろうか)と航海用レーダーを増設したせいで、凸凹が増えている。
エンクロージャ(覆い)を被せてステルス化
もう一つが、各種のアンテナを露出させずに、エンクロージャ(覆い)を被せる方式。ただし、このエンクロージャが電波を完全にシャットアウトしてしまう素材だと、中に収まっているアンテナは仕事ができなくなる。中に収まっているアンテナの送信・受信は妨げず、外から飛んで来たレーダー電波に対してはステルス性を発揮する、という矛盾した要求ができる。
艦艇のステルス化が主として「対艦ミサイルの誘導レーダー対策」であれば、想定対象となる電波の周波数は高い。そうした周波数の電波に対して、「反射方向の限定」「入射方向に返さず、明後日の方向に反らす」を実現するのが、主な狙いとなろうか。
こちらの方式の嚆矢は、米海軍のサンアントニオ級ドック型揚陸輸送艦が導入したAEM/S(Advanced Enclosed Mast/Sensor)。同級は上部構造の上に2カ所、AEM/Sを設置している。艦橋上部のAEM/Sの内部には、水上・低空の高精度・高頻度捜索を受け持つAN/SPQ-9BレーダーとAN/SPS-73(V)13対水上レーダー、後部AEM/Sの内部にはAN/SPS-48E対空捜索三次元レーダーが収まる。
他にも、アンテナをエンクロージャで覆った事例はいくつかある。スウェーデン海軍のヴィズビュー級コルベットや、米海軍のインディペンデンス級沿海域戦闘艦(LCS : Littoral Combat Ship)がそれ。
「もがみ」型のNORA-50も、考え方は似ている。ただしNORA-50が違うのは、複数の固定式アンテナを内部に積み上げているところ。その陣容は以下の通り。
- レーダー用ESM(Electronic Support Measures。ES-R)
- 通信用ESM(ES-C)
- Wi-Fiバンド(ORQ-2B-4洋上無線ルータ)
- Link 16データリンク
- UHF送受信
- IFF(Identification Friend-or-Foe)受信
- UHF/VHF送受信
- TACAN(Tactical Air Navigation)
それぞれ、使用する電波の周波数帯は違うし、電波の送信方向・入射方向も違う。それらが互いに干渉しないように配置するには、相応の苦労と工夫があったはずだ。
ESMを頂部に配した理由
従来、護衛艦のマストで最上部の一等地を占めるのはTACANアンテナと決まっていた。民航機が使用するVOR(VHF Omni-Directional Range)と同様に、周囲の航空機に対して測位情報を提供する器材で、機上の受信機はTACANの方位と、そこまでの距離が分かる。艦載ヘリコプターから見れば、「帰らなければならない艦がどちらにいて、どれぐらいの距離か」が分かる。
搭載機が迷子になってはいけないから、TACANアンテナが高い位置にあり、覆域を広くとれるのであれば、その方がいいに決まっている。しかしそれだけではなく、アンテナの構造上、内部を構造物が貫通できないためにTACANを最上部に置くしかないという事情もあった。
しかし、対艦ミサイルの飛来をいち早く探知する観点からすれば、ESMのアンテナをできるだけ高い位置に置きたい。仮に電波を逆探知する相手のミサイルが高度5mを飛び、ESMアンテナの高さが20mとした場合、27.3kmの距離までカバーできる計算。ESMアンテナの位置を25mに高めると、これが29.5kmに伸びる。
たかだか2.2kmというなかれ。900km/hで飛翔するミサイルの秒速は250m/sだから、ESMアンテナの位置を20mから25mに高めると、探知可能なタイミングは2,200÷250=8.8秒早まる理屈になる。瞬時を争う対艦ミサイル防御において、8.8秒の差は無視できない。
そこで、TACANアンテナの構造を変えて設置位置を降ろし、一等地の最上部をESMに明け渡した。「もがみ」型だけでなく、「まや」型ミサイル護衛艦の2番艦「はぐろ」でも、同じことをしている。
以前にも書いたように「ナントカと煙とアンテナは高いところに登りたがる」のだが、その中で優先順をつけて、かつ相互の干渉や妨害が起こらないような構造・積み上げ順にまとめた結果がNORA-50というわけだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。