「高いところに登れば遠方まで見渡せる」という基本原則がある。だから「戦争では高所の奪い合いが発生する」と喝破した人もいる。では、艦載電測兵装ではどうかというと、「高いところに空中線を設置する方が、広い範囲までカバーできる」という話になる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
-
米海軍の駆逐艦「ベンフォールド」。マストの最上部に陣取るのはTACANで、その下はLink 16データリンク、IFF(敵味方識別装置)、共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)、対水上レーダーといった布陣。イージスの眼・AN/SPY-1D(V)レーダーは艦橋直下の四周 撮影:井上孝司
ナントカとアンテナは高いところに登りたがる
以前に、某艦艇専門誌の原稿を書くために、Excelで計算表を作ってみたことがある。レーダーのアンテナ設置高と、探知目標の飛翔高度を基にして、どれぐらいの距離まで探知できるかを求めるというもの。ただしこれは、「見通せる距離がどれぐらい変わるか」という意味なので、レーダーの送信出力みたいな電気的ファクターは考慮に入れていない。
例えば、シースキマー型の対艦ミサイルを想定して探知目標の飛翔高度を5mとした場合、アンテナの設置高が5mなら18.2km、10mなら22.0km、15mなら24.9km、20mなら27.3km、25mなら29.5kmの距離で探知できる、という計算結果になった。意外と差がつくものである。
このことから分かるのは、「アンテナの設置高が高い方が、レンジが伸びる」「よって、ナントカとアンテナは高いところに登りたがる」という話。ところが、そう簡単な話では済まない。そもそも、設置スペースは限られているから優先順を定めなければならないのだが、そこでさらに制約が発生する。
アンテナの設置高が高くなれば、それだけ重心が高くなる。小型で軽い対水上レーダーならまだしも、長距離対空捜索用のレーダーは必然的にアンテナが大きく、重くなる。そんなものを最上部に設置したら重心が上がりまくるし、それを支える構造物も大がかりになって、これがまた重心を上げる原因を作る。
それに加えて、アンテナの構造が問題になることもある。例えば、航空機の誘導に使用するTACAN(Tactical Air Navigation)のアンテナには、構造上、内部に構造材を貫通させることができないものがある。それは必然的に最上部に設置することになる。
国によって異なる優先順の思想
そうした事情を勘案した上で、何を優先的に高所に持っていくか。そこのところで意外と、国によって思想が違うというのが今回の話のお題。
見慣れた日米の水上戦闘艦だと、艦橋上部にメインのマストを設置して、最上部にTACAN、その下にLink 16や共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)といったデータリンク、その下に対水上レーダーや近距離用のUHF通信機、艦橋直上に対空捜索レーダーや射撃指揮システム、というのが典型的な並べ方。
ところが、ヨーロッパ諸国の艦を見ると、どうも考え方が違う。例えば、英海軍の23型フリゲートでは、艦橋の上方に立てたメインマストの最上部に、対空捜索レーダーのARTISAN(Advanced Radar Target Indication Situational Awareness and Navigation)が鎮座している。このレーダーはアンテナが比較的小型で軽いので、レンジを優先して最上部に設置したということか。
その下にゴシャゴシャと取り付いているのはESM(Electronic Support Measures)のアンテナ群。敵の対艦ミサイルが飛来したときに、そいつが出すレーダー電波をできるだけ早く探知したいということで高所に配したのだろう。その下は通信関連のようで、さらに下がると対水上レーダーとなる。
英海軍は比較的、対空レーダーを高いところに置きたがる傾向があるようだ。防空艦の45型駆逐艦でも、艦橋上部に高い塔型構造物を据えて、その頂部にSAMPSON多機能レーダーを据えている。広域捜索用のレーダーは別途、後方のもっと低い位置にS1850M(タレス・ネーデルランド製SMART-Lのイギリス向け)を載せている。そして、両者の中間に細いマストを立てて、そこにESMを集中させている。
また、建造中の26型フリゲートでも、ARTISANレーダーを艦橋上部の最上部に据えることになっている。
では、仏海軍のFREMM(Frégates Européennes Multi-Missions)フリゲートはどうか。こちらは艦橋の上に控えめな構造物を据えて、その上にHERAKLES対空捜索・多機能レーダーを載せている。ピラミッドみたいな外見だが、これがクルクル回転する。対水上レーダーの方は、艦橋の直上に載せているようだ。では、その後方に立てている細長いマストはというと、ESMがここに集中している。この辺は英45型に似た発想。
-
仏海軍のFREMMフリゲート防空型「ロレーヌ」。HERAKLESレーダーは艦橋上部の低い位置に設置して、中間の唯一、高いマストはESMが占める。シラキューズ衛星通信用のアンテナ・ドームを前後に振り分けた配置も特徴 撮影:井上孝司
その中間を行くのが、独海軍の123型(ブランデンブルク級)フリゲート。艦橋上部の構造物にはSMART-S対空捜索三次元レーダー、後方の構造物にはLW-08対空捜索二次元レーダーを載せて、その中間、V型煙突の間から細いマストを立てて通信関連のアンテナをまとめている。電子戦関連のアンテナは艦橋上部にまとめていて、これはどちらかというと日米の艦に似た発想。
何事も優先順位付けは必要
お仕事でもなんでも、すべてを最優先するのは不可能な相談で、なにかしらの優先順位付けは必要である。
艦艇におけるアンテナ配置についていえば、どの艦でも、装備するアンテナの陣容は似てくるものだ。用途や、求められる機能・能力が同じであれば、必要とされるアンテナの種類はだいたい決まってくる。
ただ、その中で何を優先するかという話になると、そこで運用環境や思想の違いが出てくる。たぶん、国によっては「これが我が国の伝統で」みたいな話もあるだろう。それに、アンテナそのものの形状、サイズ、重量は多種多様だから、これも優先順位を判断する際に影響する。前の方で書いたように、「高所に据え付けたいけれども、大きくて重いからダメ」という類の話である。
そうしたさまざまな要因を考慮に入れつつ、それぞれの国の設計者がどんな結論を出しているか。そういう観点から艦艇を眺めてみるのも、面白いかも知れない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。