どんなハードウェアでも「設置場所」と「搬出・搬入ルート」は問題になるもの。特に航空機ではスペースと重量の制約が厳しいが、艦艇は艦艇なりに、違う難しさがある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
艦艇にコンピュータを搭載する際の制約いろいろ
最近は事例も減ってきていると思われるが、大昔のトランジスターを使っていた艦載コンピュータは、場所をとる上に発熱も多かった。その一方で、設置スペースは限られるから実装密度が高い。すると、水冷にする事例も出てくる。
といっても、クルマのエンジンとは訳が違う。米海軍で使用していた草創期の艦載コンピュータ・CP-642A(ユニバック製)の場合、まず機器に風を当てて冷やしてから、熱くなった空気を熱交換器に送り込んで、海水で冷却していたのだそうだ。
海水なら艦の外に無限にあるが、それを取り入れてコンピュータ機器室まで持ってくる配管と、循環のためのポンプを用意しなければならない。これが艤装設計の際の一つの課題になる。
また、コンピュータ機器をメンテナンスするために、人が入れるスペースを周囲に確保する必要もある。機器の取替や更新を行う際には外部との出し入れが発生するから、通路やハッチを通るサイズにまとめる、あるいは分解できる設計にしておく必要もあろう。
そして、陸上の建物に設置する場合と異なり、艦艇は揺れる上に振動も発生する。すると実装のやり方も考えなければならない。ある艦で、大型のディスプレイ装置を振動吸収マウントの上に載せているのを見たことがある。
そして、スペースが厳しいといえば潜水艦。いったん船殼ができあがってしまうと、艦内に出し入れするものはみんな、狭いハッチを通さなければならない。さすがに、大型のコンピュータ機器を「ハッチを通れるサイズ」にまとめるのは無理な相談だから、分解できるように設計する必要がある。
-
左は初期のイージス艦などで用いられていた艦載コンピュータ「AN/UYK-43」(画面中のUKY-43は誤記と思われる)。右は最新のイージス艦で用いられている艦載コンピュータ「CPS」 引用:US Navy
建造所との間の調整は不可欠
こうなると、コンピュータ機器の開発や設計と、それを搭載する艦の設計がバラバラに走っていたのでは、いざ艤装の工程になって機器を積み込むことになったときに、モメそうである。
最初の段階から双方で情報をやりとりしつつ、「艦内設置に合わせた設計のコンピュータ機器」「コンピュータ機器の設置や出し入れがやりやすい設計の艦」を設計するようにしないと、余分な経費と時間がかかってしまう。
これがレーダーのアンテナみたいに「艦の設計とストレートに影響し合うアイテム」だったら話は理解しやすいが、艦内に設置するコンピュータ機器も同様に、ちゃんと考えておかなければならないところ。
しかも、艦と搭載機器のメーカーが同じ国の中に同居していれば、まだマシ。搭載機器が他国のメーカーというのは珍しい話でもなんでもない。我が国でも、海上自衛隊のイージス艦は艦の建造こそ日本国内で行っているが、イージス戦闘システムは輸入品だ。すると、それを手掛けているロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズ部門と情報をやりとりしないと話が進まない。
あと、新造艦では進水して艤装工程に入った後で機器類を積み込むことが多い。すると、デリケートなコンピュータ機器を、まだ造りかけで、いろいろ作業をしている艦の中に運び込んで機器を設置することになるので、これはこれで気を使う要因になる。建造所も、搭載するコンピュータ機器を扱うメーカーも、胃が痛くなりそうな話ではなかろうか。
もっとも、既存艦の機器を後から積み替える場面でも、ドック入りしてあれこれ分解整備を行っている現場の近隣でコンピュータ機器を出したり入れたりするから、あまり事情は変わらないかもしれない。
カスタムメイドか、オーダーメイドか
それでも、艦と搭載機器がワンセットで、両者を並行して設計・製造するのであれば、コンピュータ機器と艦の間のインターフェイスに関する不整合を防ぎやすそうではある。カスタムメイドの強みだ。
ところが、ことにコンピュータ機器やセンサー機器の類は汎用品が多い。つまり、特定の艦に合わせた設計にはなっていない。なまじ特定の艦に合わせてしまうと、融通がきかなくなって販路を狭める可能性もある。
そうなると、艦の側が合わせなければならない場面が多くなるのではないか。すでにある指揮管制システムやセンサーや兵装を、顧客が「これにしてほしい」と指示してきたらどうするか。それを載せる艦を作る造船所は、顧客が指示した機器に合わせて艦を設計するしかない。
それでいちいち艦を設計し直していたのでは、設計・建造の負担が増えてしまう。だから、ことにさまざまな国への輸出を想定した艦を設計する際には、「さまざまなシステムを載せられるように」といって柔軟性を持たせた設計にしておかないと、後で自分の首を絞めてしまう。
面倒な話だが、顧客の要望にはきちんと応えていかないと、「それなら他所に発注します」で終わりである。「うちの設計は技術的に優れたものだから、吊るしの状態で買ってね」は通らない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載が『F-35とステルス技術』として書籍化された。