9月21日に都内で、レイセオン・テクノロジーズによる報道関係者向けセミナーが行われた。お題は「デジタル・トランスフォーメーション」、いわゆるDXである。もちろん、DXといってもヤマハのシンセサイザーとは関係ない。
DXに関する勘違いが懸念される
セミナーの趣旨は、「レイセオン・テクノロジーズにおける製品開発の現場で、最新のデジタル技術をいかに活用しているか」という話であった。
分かりやすいところだと、「以前には現物を試作してテストしていたものを、コンピュータ上でのシミュレーション試験に変える」、「レーダーを艦上に設置する場面で空間の取り合いを検討するのに、実大模型を作る代わりにデジタル・モックアップを活用する」といった話が挙げられる。
ただし、これを見ていて感じたことが一つある。前提となる知識や思想がない状態で、いきなりこのセミナーのプレゼンテーションを見せられたら、「デジタル・モックアップを活用するのがデジタル・トランスフォーメーションである」といった勘違いをする人が出てこないだろうか。
セミナーの締めくくりでレイセオン・テクノロジーズの方が話していた「戦場におけるスピードだけでなく、戦場に至るまでのスピードも重要。それを安価に実現するのがDXである」こそが本質であるはずだ。ここでいう「戦場に至るまでのスピード」とは、「戦場で必要とされる装備品を、迅速に開発して送り出す」という意味。
一方、「戦場におけるスピード」とは、迅速に状況を把握して、迅速に意思決定を行い、迅速に交戦することで敵に先んじようという話である。それをいかにして実現するか、といって米国防総省界隈のいろいろな人が脳漿を絞った結果として、ここしばらく本連載で取り上げている、JADC2(Joint All Domain Command and Control)がらみのさまざまな話が出てきている。
小型化や分散化は、「いかにして、中露が掲げるゲームのルールに打ち勝つか」という課題を解決するための手段であって、それ自体が目的というわけではない。
何を変革するのか、という思想
意外と「あるある」な話だが、本来は手段であるはずの技術や製品を導入して、それで問題が解決できた(目的が達成できた)と思ってしまう。それでは「トランスフォーメーション」にならない。
防衛産業だけでなく、民間の広範な分野にも同様にいえる話だが、デジタル技術はあくまで手段。それによって何を目指すのか、何を達成しようとしているのか、というゴールが最初に明確になっていなければ画餅と化す。
もう一つ重要なのは、仕事のプロセスや組織をそのままに、使うツールだけデジタル化して、それで本当にデジタル化の実が得られるんですか?という話。
例えば、新型の艦載用レーダーを開発する場面でシミュレーションやモデリングを活用するようになった場合、研究開発・試験・評価(RDT&E : Research, Development, Test and Evaluation)のプロセスだって変わってくるのではないか。それに合わせて、RDT&Eを担当する人員の所要や組織の構成、求められるスキルセットも変わってくる可能性がある。
レイセオン・テクノロジーズをはじめとするメーカー各社にとっての最終目的は、「戦闘員(warfighter)が必要とする能力・機能を備えた装備品を、できるだけ迅速かつ低リスク、低コストで開発して送り出すこと。さらに、その後も継続的な能力向上を図ること」。
ではそのために、どの場面でどういう技術を活用するのか。従来手法でボトルネックになっていた部分を、最新のデジタル技術によって解決できないか。解決できそうだとなった場合に、仕事の進め方をどうすれば最適化できるのか。そういう流れで物事を考えないといけない。
戦闘員の分野におけるDXとは?
実は、戦闘員の分野にも同じことがいえるのではないか。デジタル化、ネットワーク化したウェポン・システムを活用するようになった場合、仕事(戦闘任務)のやり方や、それを遂行するための組織のあり方から変わってくる可能性がある。結果として変えなくても済むかも知れないが、最初から「変える必要はない」と決めてかかってしまって良いのか。
以前に「領域横断を標榜するのであれば、領域横断的に情報や指揮統制を共有・一本化できるシステムが必要」という趣旨のことを書いた。単に戦闘空間がいっぱいあるからマルチドメインでござい、という話ではない。異なる複数の戦闘空間を相互に連関させて効果を発揮させることこそが本質だ。すると、それを支えるシステムだけでなく、情報管理や指揮統制のあり方、指揮官のマインド・セットにも何かしらの変化が求められるだろう。
そこで「最初に明確な目的を設定した上で、それを実現するために最適なプロセスや手段を明確にする。それに合わせて組織・プロセス・手段といった諸要素を変えていく」といったところまで踏み込む覚悟がなければ、結果は出ないしトランスフォーメーションにもならない。
以前に「軍事研究」誌で書いたことの繰り返しになるが、道具だけ変えてもプロセスが変わらない悪い一例が、いわゆる「神Excel」である。あれは極言すれば、紙の帳票をExcelワークシートの上に忠実に再現しただけ。「紙からExcelに変えることでワークフローをどう改善・合理化・迅速化するか」という思想が抜け落ちていると、こういうコントが起きる。「神Excel」というか、実態は「紙Excel」なのだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。