実は、この「通信・航法・識別」(CNI : Communications, Navigation and Information)というテーマを取り上げようと思ったきっかけは、ロシアがウクライナに侵攻した後で欧米諸国において「ウクライナ向けの戦闘機の供与」が俎上に上ったことだった。
CNIシステムの互換性・相互接続性・相互運用性
有事に際して、あるいは同盟国などに対して、軍事的な支援の一環として戦闘機を供与する、という類の話は、昔からある。ただ、第2次世界大戦の頃であれば、CNIシステムといっても音声交話用の無線機が載っているぐらいだったし、それも暗号化機能はない。それであれば、操縦士や整備員が機体に慣熟できるかどうか、が主な課題となる。
ところが当節では、話が違う。CNI分野の互換性(compatibility)、相互接続性(interconnectivity)、相互運用性(interoperability)は重要な要素。そのCNI分野を構成する各種アイテムについては、これまでにいろいろ書いてきたから、ここで細かく繰り返すことはしない。
機体への慣熟のしやすさという観点に立てば、すでにウクライナ空軍が使用している、MiG-29やSu-27といった旧ソ連系の戦闘機が望ましい。MiG-29なら今でも東欧諸国において現役の機体があるが、生憎とこれら諸国はNATOに加盟して「NATO互換仕様」の機体に改修している。
すると、その機体をそのままウクライナ空軍にポンと渡したときに、CNI分野の互換性・相互接続性・相互運用性は大丈夫なんですか、という問題ができる。これはなにも戦闘機に限った話ではなくて、装甲戦闘車両でも艦艇でも同じこと。
最近、自走榴弾砲や多連装ロケット発射機が欧米からウクライナに渡っているが、少なくとも通信機については何かしらの手を打つ必要があったと思われる。別のものに交換するか、欧米から調達した通信機を使っている方面に回すか、といった話になるだろうか。
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最近、アメリカがウクライナに供与したことで知名度が急上昇している多連装ロケット発射機「M142 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)」。これもまた、通信や射撃統制のためのシステムは必要だ 撮影:井上孝司
その点、ライフルや砲弾や対戦車ミサイルといったものであれば、CNI分野はあまり問題にならない。もっとも、弾を撃つものであれば、今度は「弾の互換性」という問題があるのだが、それはCNI分野の話ではなくなってしまうので、ここでは割愛する。
仕向地によって仕様が変わる
こうした事情があるから、「有事の際の緊急援助」だけでなく平時の輸出(日本流の言葉でいえば、防衛装備品の移転)においても、CNIシステムが、まったく同じで済むとは限らない。仕向地によって仕様が変わったり、搭載する機器が変わったりすることは珍しくない。
すると、仕向地のニーズや状況に合わせて最適なCNIシステムを用意する体制、ノウハウ、そして供給ルートの確保が必要になる。もちろん、装備そのものについても、最初から搭載システムの入れ替えを前提として設計しなければならない。いうまでもなく、先方のニーズを把握するための情報収集が最初に必要となる。
CNIシステムの相違は外から見ても分からないことが多いし、そもそも業界関係者でもなければ、あまり注目されない。だから、「ウクライナで使っているのと同じ機種の戦闘機があるなら、さっさと渡しちゃえば?」という論につながるのではないかと思われる。それは無理もないことではある。
しかし実際には、CNIシステムをはじめとして「仕様の不整合」が起きる可能性がある以上、それをどう解決するかは考えなければいけない。それを無視して「同じものだから使え」といって押しつけても、(全く役に立たない、とまではいわないにしても)効果的に活用できるかというと、疑問符がついてしまう。
勘違いしないでいただきたいのだが、「だから、戦闘機のウクライナ向け供与は不可能」といっているわけではない。供与するならするで、しかるべき手を打たなければ有効な戦力になりませんよ、という話である。
ハードウェアに限った話ではない
CNIシステムというハードウェアだけでなく、各種防衛電子機器で使用するソフトウェアや、そのソフトウェアが動作のベースとするためのデータについても、同じことがいえる。
現にF-35では、ミッション・コンピュータに入力する各種データ、いわゆるMDF(Mission Data File)を、カスタマー国がそれぞれ、自国の状況に合わせてプログラムできる仕組みを構築している。
見た目は同じ、そしてハードウェアやミッション・ソフトウェアのバージョンが同じであっても、コンピュータにロードするMDFが、国によって違う事態は起こり得るわけだ。おそらく他の装備でも、同じようなことは起きる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。