映画『トップガン・マーヴェリック』が大ヒット中だ。仕事の関係ですぐに見に行くわけにはいかなかったが、封切りからしばらくしてから、観に行ってきた。前作も観ているので、「これは、前作を観ている人ならさらに楽しめるな」などと思い、ニヤリとしながら観ていた。

機体の動きを記録したいというニーズ

その『トップガン・マーヴェリック』」をお題に何か記事ができませんか、とのリクエストをいただいていると、編集部から知らせがあった。「防衛電子機器よりも飛行機そのものが主役の映画だしなあ……」と思ったのだが、格好の、しかもまだ書いていないテーマがあったことを思い出した。

  • 『トップガン・マーヴェリック』で任務に用いる航空機として選ばれた、、マクドネル・ダグラス(現ボーイング)が開発したF/A-18E/Fスーパーホーネット 写真:ボーイング

劇中で、これから実施する作戦に関連して、訓練前のブリーフィング、あるいはデブリーフィング(?)を実施する画面が出てくる。そこでは、操縦士ごとに、飛ばしている機体の軌跡を画面上に表示している。そんな仕掛けが実現できるものなのだろうか。実は、可能である。

どうしてそんな仕掛けが必要になるのか。例えば、戦闘機同士で近接格闘戦の訓練を行う際に、訓練に参加した個々の機体がどういう飛び方をしていたのか、という情報が欲しい。それがなければ、事後に「ここの飛び方が悪かったのか」「このポイントでこう動けば良かったのか」といったことが分からない。

そこで登場するのが「機動図」。個々の機体の動きを紙に描くものだ。といっても、操縦士の記憶に頼って書いたのでは間違いが入り込む可能性があるので、機体が備えているビデオカメラの映像を使う。訓練飛行を終えて基地に戻ったら、ビデオカメラのテープを取り出して隊舎に戻り、再生したり巻き戻したりしながら、ビデオの内容を基にして個々の機体の軌跡を機動図に描く。

といっても、飛行機は三次元の動きをするものだし、しかも姿勢がコロコロ変わる。そんな中でビデオ映像を頼りにして機動図を描くといっても、いったいどうやったら三次元の動きを紙の上に描き出せるのか、と素人は頭を抱えてしまう。しかし、戦闘機乗りが実際にやっていることである。

空戦機動計測システム

ところが、技術の進歩とはありがたいもので、空中戦の訓練に参加している個々の機体の動きをリアルタイムで割り出して、データを地上に送信するシステムが現れた。それが空戦機動計測(ACMI : Air Combat Maneuvering Instrumentation)システム。

  • 空戦機動計測システムのポッドを左翼端に搭載したF-16。右翼端にはサイドワインダー空対空ミサイルの模擬弾を搭載しているので、外見の違いが分かりやすい

GPS(Global Positioning System)を使うと、緯度・経度・速度・精確な時刻といったデータを得られるのは御存じかと思う。しかしそれだけでなく、本連載でも以前に書いたことがあったような気がするが、高度の情報も分かる。

ということは、GPSの測位データを刻一刻と記録していれば、それを搭載する機体がどういう動きをしているかを、三次元のデータとして把握できる。そのデータを直ちに地上に無線で送り、しかるべきソフトウェアが動作するコンピュータで処理すれば、訓練に参加しているすべての機体の動きをリアルタイムで画面に表示できるというわけだ。

この手のシステムを手掛けているメーカーとして有名なのは、アメリカのキュービックという会社。計測機材は、AIM-9サイドワインダー空対空ミサイルと同じぐらいのサイズを持つ細長いポッドにまとめており、それをサイドワインダー空対空ミサイルの発射器に取り付けて使用する。

また、ACMIポッドから送られてきたデータを使って空中戦の模様を画面上に再現する(つまり、コンピュータが機動図を描いてくれる)システムとして、ICADS(Individual Combat Aircrew Display System)というWindows用のソフトウェアも用意している。訓練ミッションを終えて戻ってきた操縦士は、ICADSの画面に描き出された自機の動きについて、「ここがうまい」と褒められたり、「ここがダメ」と絞られたりするのであろう。

そしてキュービックでは、こういったACMIポッドを中核とする訓練支援システムとして、P5 TCTS(P5 Tactical Combat Training System)を、あちこちのカスタマーに納入している。

なお、ACMIシステムについても、送られてくるデータの保全を図るために、通信内容を暗号化する機能がある。ただしキュービック製品の場合、暗号化しない運用も可能であるようだ。アメリカ本土の人里離れた場所で訓練飛行を行うのであれば、邪魔なのぞき屋がやってくることはないだろう。

しかし日本近隣の空域では話が違う。そんなときには暗号化機能を有効にして、訓練中の機体の動きを当事者以外には分からないようにしたい。

なお、この手の製品はキュービックの専売特許というわけではない。たとえば、イスラエルのIAI(Israel Aerospace Industries)でもEHUDというACMIシステムを手掛けている。

ACMIシステムを内蔵する機体もある

普通、ACMI用の機材はポッド化して、必要に応じて機体に搭載するものだ。同じ兵装ステーションに、平時の訓練ではACMIポッドを付けて、戦時の本番では空対空ミサイルを付ける。

ところが何事にも例外はあるもので、ACMI用の機材を内蔵する事例もある。それが御存じF-35。外部にサイドワインダー空対空ミサイル用の発射器とACMIポッドを取り付けたら、ステルス性が損なわれてしまう。そこで、武器だけでなくACMIポッドの機能まで内蔵式にしてしまったわけだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。