タイトルとは裏腹に、後回しにしてしまったのが「通信」。軍事に特化した内容が比較的乏しく、一般にもなじみやすいから……というのは言い訳。ともあれ今回は、無線通信の話を取り上げてみたい。

有線の出る幕は限られる

もちろん、安定性や信頼性という観点からすれば、有線の方がありがたい。それに、電波に戸を立てることはできないが、有線なら盗聴もされずに済む……と思って油断していると、海底ケーブルに盗聴器を仕掛けるような輩も現れるので油断がならない。

それはそれとして。車両でも航空機でも艦艇でも、とにかく「動くもの」では有線は使えない。陸戦なら野戦電話という手はあるが、電話線は切られたらアウトだし、いちいち架設するには手間がかかる。しかも、場所が変われば御破算である。結局、軍事の分野では、無線通信が主流ということになってしまう。有線による通信を用いるのは、陸上の固定された施設、あるいは指揮所、艦艇や航空機の内部といった限定空間となる。

  • イラクのアル・アサドで、通信機のテストを行っているマイク・ロサド米空軍曹長。通信は軍事作戦を支える神経線であり、これが切れたら仕事にならない 写真:USAF

    イラクのアル・アサドで、通信機のテストを行っているマイク・ロサド米空軍曹長。通信は軍事作戦を支える神経線であり、これが切れたら仕事にならない 写真:USAF

無線通信そのものの原理や技術は、軍民で大きな違いはない。使用する電波の周波数帯によって、見通し線圏内でしか使えなかったり、見通し線圏外まで使えたりする。変調の方式も、アナログ変調であれデジタル変調方式であれ、民間で使用しているのと同じものが使われる場合が多い。

そして、アナログ音声通信だけだったものがデジタル化されて、データ通信の機能が加わったところも、軍民の双方に共通する。音声通信用の無線機にモデムを取り付けて、データ通信を兼ねさせている事例もある。衛星通信にしても、軍用のそれがある一方では、民生用の通信衛星が搭載しているトランスポンダの一部について、軍などの政府機関が買い上げて利用している事例も多い。

民間と同じものを使用する場面が多いのは、有線も同様。米国防総省の契約情報を見ていると、民間通信事業者との間で、光ファイバー・ベースの通信サービスを契約している事例もあるぐらいだ。もちろん、しかるべきセキュリティ対策を施した上で。

航空機用通信機の一例・AN/ARC-210

目下のところ、通信・航法・識別機能を統合化したCNI(Communications, Navigation, and Identification)システムというと、名前が出てくるのはF-35がほとんど。では、そのF-35も含めた航空機の分野で、通信機単独の製品はどんな機能を実現しているか。

そこで一例として、コリンズ・エアロスペース(旧社名ロックウェル・コリンズ)製のAN/ARC-210を見てみる。

  • AN/ARC-210通信機の本体。航空機搭載用だから、無線機の本体は電子機器室に収まり、操作用のパネルだけコックピットに取り付ける 写真:US Navy

    AN/ARC-210通信機の本体。航空機搭載用だから、無線機の本体は電子機器室に収まり、操作用のパネルだけコックピットに取り付ける 写真:US Navy

これはVHFとUHFにまたがる、30~512MHzの周波数帯をカバーする通信機。見通し線圏内通信だけでなく、衛星通信にも対応している。軍用通信衛星の中にはUHFを使用するものもあるから、アンテナなど所要の機器類をつないでやれば、AN/ARC-210は衛星通信の端末機にもなるということであろう。

音声通話では、HAVE QUICK/HAVE QUICK II、あるいはSINCGARS(Single Channel Ground and Airborne Radio)といった軍用通信仕様に対応する。もちろん秘話機能も備えており、それの設定は現場で再プログラム可能。変調方式は、振幅変調と周波数変調の両方に対応する。周波数は固定する使い方だけでなく、周波数ホッピング通信も行える。

もともと、軍用無線通信の分野は用途ごとに周波数帯を分けているので、AN/ARC-210もそれに合わせている。たとえば、近接航空支援 (CAS : Close Air Support)任務に就く航空機は、地上にいる統合端末攻撃統制官(JTAC : Joint Terminal Attack Controller)がVHF通信機を持っているから、それに合わせて超短波通信機を備える必要がある。もちろんAN/ARC-210はCAS用の超短波通信にも対応している。

なお、音声通話に加えて(見通し線圏内通信であれば)データ通信も可能。つまりモデムの機能も持っていることになる。伝送速度は100,000bpsと遅いが、Link 11やLink 4Aみたいな古いデータリンク規格なら対応できる。

つまり、通信機・単体で見ると、AN/ARC-210のように複数の機能をひとまとめにした製品はすでにある。しかし、それは周波数30~512MHzの範囲内に限った話で、他の周波数帯の通信は別の通信機を必要とする。たとえば、遠距離用の短波通信であれば、AN/ARC-190という製品が別にある。

衛星通信も、もっと周波数が高いKaバンド、Kuバンド、EHFになると、別の端末機が要る。データリンクも、もっと高性能のデータリンクが欲しいとなれば、別に専用の端末機が要る。Link 16データリンク用の各種端末機が典型例といえよう。

歴史的経緯や相互運用性の観点から、無線通信は周波数や変調方式などの組み合わせが多種多様。それをいちいちハードウェアで実装するのは大変、という事情が、以前から何回も取り上げているソフトウェア無線機(SDR : Software Defined Radio)の利用が広まる理由になっている。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。