前回は、BAEシステムズが2020年7月13日に発表した「スマートファクトリー」の話を「つかみ」として、防衛装備品の生産・整備体制に関する話を取り上げた。そして前回の後半で二段階整備を引き合いに出して、メーカーの関与なしでは維持管理が成り立たなくなっている状況を取り上げた。今回はその続きである。

運用環境に関するデータとフィードバック

運用状況に関するデータ、トラブル発生状況に関するデータは、CBM(Condition Based Maintenance)を実現する際に不可欠である。経過時間や運用時間に併せて定期的に交換・整備を行うのではなく、運用状況や実際の機器の状況に合わせて交換・整備を行うには、運用状況や機器の状況を正しく把握できないと話が始まらない。

戦闘機を例に挙げると。フェリーフライトでA地点からB地点に移動する場面と、格闘戦の訓練飛行を行う場面と、対艦攻撃ミッションの訓練で海面スレスレの低空飛行を行う場面。たとえ飛行時間が同じでも、このように飛行の内容が異なれば、機体構造材にかかる負荷は全然違う。それなら、飛んだ時間ではなくて実際にかかった負荷に合わせた点検・整備が必要になる、という考え方には理がある。

そうしたデータの蓄積が進めば、それを設計サイドにフィードバックして「運用現場では、この部分に負荷がかかっているようだが、これはどうも事前の想定と違う。実情に合わせた設計の見直しが必要ではないか」なんて話になるかも知れない。もちろん、それは口頭の報告あるいは紙の報告書をメーカーに送る形でも実現できるが、データの収集と伝送をデジタル化すれば、生のデータがメーカーに届く。

運用だけでなく、整備の現場からのフィードバックも同じである。「ここのパーツは事前の想定よりも交換頻度が高いが、どうなってるんだ」なんていうことになる可能性もあるが、口頭の報告あるいは紙の報告書をいちいち送る代わりに、交換状況に関する生データがダイレクトかつリアムタイムで届けば話は早い。

ちなみに米空軍ではERCM(Enhanced Reliability Centered Maintenance)という計画の下、人工知能と機械学習を活用して整備関連データを解析することで、故障発生時期の予測につなげる構想を進めている。

設計・製作の現場と運用の現場をつなぐ

機体の製作に3Dプリンタが関わってくると、「運用現場に3Dプリンタを持ち込んで現場製作」という話が出てくる可能性もある。3Dプリンタと、製作するパーツのデータと、製作に必要な素材があれば、部品の製作はできる。パーツのデータは当然ながら、メーカーが持っている設計図のデータから得られる。

ということは、メーカーの設計現場と運用現場をリンクする必要があるのだ。製作しようとする部品を現場で計測してコピーするやり方では、ちゃんとした部品ができない可能性がある。製造現場だけでなく運用現場でも3Dプリンタを活用するという前提で、運用現場に「認証済み・本物のデータ」を確実に届ける仕掛けを最初から構築する方が好ましいのではないか。

ただしこれには、「機体構造材みたいにクリティカルで、厳格な品質管理が求められる部位ではない場合」という前提条件がつく。「このパーツが壊れたら機体が空中分解する」というクリティカルなパーツを、現場で作ってその場で組み込むのはリスクが大きすぎる。少なくとも、品質管理や認証のプロセスを確立できるまでは、この分野は棚上げすべきだろう。

先日、サーブがJAS39グリペンを使い、3Dプリンタで補修部品を現場製作するデモンストレーションを実施した。その際の対象は機体表面の開口部に蓋をするアクセスパネルで、ブツを現場計測して、データを3Dプリンタに送ったという。アクセスパネルだからこういうやり方で済んだし、低リスクだからデモンストレーションの対象に向く。しかし、クリティカルな機体構造材では、そうも行かない。

  • サーブの多用途戦闘機「JAS 39」(グリペンは通称)の最新モデル「Gripen E」。スウェーデン空軍のほか、ブラジル空軍にも導入している 写真:サーブ

    サーブの多用途戦闘機「JAS 39」(グリペンは通称)の最新モデル「Gripen E」。スウェーデン空軍のほか、ブラジル空軍にも導入している 写真:サーブ

近年ではF-35みたいに「個々の機体の運用状況管理も、そこに搭載する機器やパーツの管理も、機器やパーツの物流管理も、ひとつのシステムでまとめて面倒を見る。カスタマー各国がそれぞれ独自に自前で整備するのではなく、地域ごとに整備・補給の拠点をまとめる」という考え方を持ち込む機体が出てきている。

実際、日本の小牧にあるF-35の組み立て施設は、リージョナル・デポとしても機能しており、航空自衛隊だけでなく、他国のF-35についても整備を手掛けていく構想になっている。すると、複数のカスタマーにまたがる運用管理・兵站情報管理・物流管理の仕掛けが要る。そうしないと、リージョナル・デポに入ってきた機体がどんな使われ方をして、どんなコンディションで、何を必要としているかが分からなくなる。

それを支えるのがALIS(Autonomic Logistics Information System)という情報システムだが、目指した山の頂が高すぎて、開発に難航しているのは御存じの通り。ただ、ALIS自体はクラウド化した後継システムに移行することになったものの、基本的な方向性を昔のやり方に戻す話にはなっていない。

F-35みたいに複数の国で同一仕様の機体を使っていると、「急を要するパーツを他のカスタマーから融通してもらって、精算は後で」という話が出てきてもおかしくない。といっていたら実際に、英空母「クイーン・エリザベス」の艦上に米海兵隊と英空軍のF-35Bが乗艦して訓練を実施した時に、そういう場面が発生したそうだ。精算はおカネではなくて、自国で払い出しを受けた現物を返す形にしたらしい。

  • 2020年9月、米国海軍が英空母「クイーン・エリザベス」の艦上に10機のF-35Bを乗艦させた時の様子。両国はこの演習について「英国と米国にとって歴史的な瞬間であり、両国間の特別な関係を強化する」とコメントしている 写真:米国海軍

    2020年9月、米国海軍が英空母「クイーン・エリザベス」の艦上に10機のF-35Bを乗艦させた時の様子。両国はこの演習について「英国と米国にとって歴史的な瞬間であり、両国間の特別な関係を強化する」とコメントしている 写真:米国海軍

おわりに

これまで2回にわたって書いてきた話を通じて、何をいいたいのか。

それは、「私作る人、あなた使う人」ではなく、設計・製作・運用と、それを支えるロジスティクス(物流ではなく、もっと広い意味での兵站業務全体)をトータルで捉えて、デジタル技術のバックボーンでつなぐ。そして、全体をひとつのシステムとして運用する。そういう考え方があってもいいんじゃないかという話である。

BAEシステムズが掲げる「スマートファクトリー」が、意図した通りの果実をもたらしてくれるかどうかは、またなんともいえない。なにしろ、そこで手掛けるつもりの、「テンペスト」計画の下で手掛ける新戦闘機は、まだ現物がないのだから。

ただ、かように新しい取り組みにチャレンジする事例が出てきている中で、従来通りのやり方でいいのだ、と言い張るのが正しいのかどうか。そういう問題意識は持ってみてもいいと思うのである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。