今回も前回に引き続き、弾道ミサイル防衛(BMD : Ballistic Missile Defense)用のレーダーについて取り上げる。前回は探知可能距離が長い早期警戒レーダーの話がメインだったが、今回はその続きと、早期警戒よりも後の段階で出てくるレーダーの話を。
周波数帯が高いレーダーが出てきた
最近、固定設置のミサイル防衛用レーダーで、VHF/UHFよりも高い周波数の電波を使用するものが出てきている。それが、 第332回で紹介したロッキード・マーティン製のLRDR(Long-Range Discrimination Radar)で、Sバンド(2~4GHz)を使用する。
LRDRに続いて、同じSバンド・レーダーのHDR(Homeland Defense Radar)を開発、まずハワイに据え付ける計画もあった。ところが、米ミサイル防衛局(MDA : Missile Defense Agency)のFY2021予算要求資料を見ると、HDRに関する記述が消えており、計画が見直された模様だ。
LRDRの名称に「識別(Discrimination)」の語が含まれていることでおわかりの通り、単に探知・追尾するだけでなく、対象が何者なのかを識別するには高い分解能が求められる。
もちろん、分解能を高めようと思ったら、高い周波数帯の電波を使用するほうが有利だ。ところが、周波数が高くなると電波が減衰しやすくなるので、遠距離探知の面では不利だ。
にもかかわらず、Sバンドを使用するミサイル防衛用長距離監視レーダーが出てきたことからすると、デバイスの進歩によって遠距離探知能力の要求を満たせるようになったため、周波数帯を上げられるようになったのではないかと推察できる。
なお、2014年に米ミサイル防衛局(MDA : Missile Defense Agency)がLRDRに関する提案要求書を発出した際に、シングル・フェイス(1面構成)、デュアル・フェイス(2面構成)で片面優先、デュアル・フェイスで両面同時利用、の3仕様を設定していた。しかし、クリアー基地で設置作業が進んでいるLRDRは、第332回でも書いたようにデュアル・フェイス版である。
面白いのは、イスラエルのIAI(Israel Aerospace Industries Ltd.)傘下にあるエルタ・システムズが手掛けた「ELM-2090レーダー」。「Sバンドか? UHFか?」という二者択一ではなくて、両方のレーダーを組み合わせてしまった。Sバンド用がELM-2090S SPECTRA、UHF用がELM-2090U ULTRAという。
ELM-2090が興味深いのは、弾道ミサイルだけでなく、航空機のような経空脅威も対象に含めていること。周波数が低いUHFを使用することで、ステルス機の探知も視野に入れている。
どちらも1面の横長アンテナ・アレイを使用しており、想定される脅威の向きに設置する。左右方向のカバー範囲は120度だが、アンテナ本体を旋回させることで、320度の範囲をカバーできる設計になっている。正確には、320度の範囲の中から任意の120度、というべきか。
エルタ・システムズはこれより先に、アロー弾道弾迎撃ミサイルと組み合わせて使用する、EL/M-2080グリーン・パインというアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーを製作していた。こちらはUHFを使用しており、アンテナのサイズは幅9m×高さ3m。たとえていえば中型バスの車体側面ぐらいのサイズ。
このグリーン・パインを改良したグリーン・パイン・ブロックBを、韓国が2基、導入している。また、オリジナルのグリーン・パインを、インドが2基、導入している。
高精度のXバンド・レーダー
ミサイル防衛用のレーダーがおしなべて、探知可能距離を重視して低めの周波数を使用しているわけではない。何事にも例外はあるもので、アメリカには2機種のXバンド・レーダーがある。
まず、日本でも2基が稼働しているAN/TPY-2。もともと、THAAD (Terminal High-Altitude Area Defense)弾道弾迎撃ミサイル用の捜索・追尾・射撃管制用レーダーとして造られた製品。用途の関係で高い分解能が求められるので、周波数が高くなっている。
以前は、THAAD用のモデルと弾道弾追尾専用のモデルで異なる名称だった。前者がAN/TPY-2、後者がFBX-T(Forward Based X-Band Transportable)という。
しかし、現在はハードウェアを同じにして、ソフトウェアを使い分ける形になっている。日本にTHAADの高射隊は展開していないから、車力や経ヶ岬に配備されているAN/TPY-2は当然、弾道弾追尾専用のモードで動いている。
これの探知距離は、Xバンド・レーダーとしては例外的に長い2,900マイル(4,700km)といわれている。よほど送信出力やアンテナ利得を高くしなければ、こんな数字は出ない。
もう1つがSBX(Sea-Based X-Band)。こちらもその名の通りにXバンド・レーダーで、海上油田などで使用する半潜没式掘削プラットフォームに上にレーダーを据え付けた。洋上を移動できるのが特徴で、必要に応じて必要な場所に展開できる……はずなのだが、それほど頻繁に走り回って活躍中というわけでもない。ミサイル防衛関連の試験、あるいは「北朝鮮が何か発射する」というと出てくることがあるが、「真珠湾で整備中」ということも多いようだ。しかし運用や改修のための予算は一応、出ている。
どちらも、減衰しやすい高い周波数の電波を使用しているため、探知可能距離を伸ばすために送信出力を相当に高くしているはず。当然、大電力を消費するので、AN/TPY-2のごときは専用の冷却ユニット車両(!)とディーゼル発電機車両を連れて歩いている。しかもこの発電機、燃料タンクは1時間でカラになってしまうそうだ。
AN/TPY-2にしろSBXにしろ、大がかりではあるが、一応は「移動可能」なので、固定設置レーダーでカバーできない場所に展開して、高精度の探知・追尾を行うのが主な仕事になっている。もちろん、これも指揮管制システム、つまりC2BMC(Command, Control, Battle Management, and Communications)につながっている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。