最近、大きなイベントの席では大抵「ドローン禁止」という告知がされている。また、飛行場の周辺も同様に「ドローン禁止」である。空中衝突なんか起きたら一大事だから、当然のことである。ここでいうドローンとは、一般に想起される電動式マルチコプターと、ほぼ同義であろう。しかし実際には、どんな無人機であれ同じこと。

ドローンでトラフィックが止まる

現実問題として、空港の周辺にドローンが現れたせいでトラフィックが阻害される事案がいくつも発生している。海外では、イギリスのガトウィック空港、日本でも関西国際空港で、実際にそういう事案があった。

すると予防的な安全措置として、こうした重要施設については平素からドローンの接近を探知するとともに、無力化する手段が必要になる。ハードキル、つまり破壊する選択肢も考えられるが、平時に民間組織が取れる対策は妨害電波による無力化に限られるのではないだろうか。

  • 空港で発着する飛行機にとっては、小さな電動式マルチコプターでも十分に危険な存在になる

そこで、イスラエルのラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズが開発したのが、「ドローン・ドーム」。レーダーで周辺空域を監視して、ドローンの接近を探知すると、電子光学センサーを指向して対象物を目視確認する。そして脅威になり得るドローンだと判断したら、妨害電波を発して強制着陸に追い込む。

口でいうのは簡単だが、まず正確な探知を行うのが難しい。なぜか。

  • ラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズが開発した「ドローン・ドーム」 写真:Rafael Advanced Defense Systems

  • 「ドローン・ドーム」はターゲットをレーザーエフェクタに割り当て、ターゲットをロックおよび追跡する 写真:Rafael Advanced Defense Systems

AIでクラッターの問題を解決

一般的な対空監視レーダーは、背後に何も障害物がない空中に向けてレーダーを使用する。だから、空中の探知目標からの反射波だけが戻ってくると期待できる。

ところが、低空を飛行するドローンを探知する場合は事情が異なる。相手の高度が低ければ、必然的にレーダー・アンテナの仰角は小さくなる。すると、背後にある地勢、植生、建物などからの乱反射(クラッター)が多く発生する可能性が高い。それでは、本物の探知がクラッターの中に紛れ込んでしまい、見逃す可能性が出てくる。

上空から、自機より下方にいる航空機を探知する場面では、ドップラー・シフトを利用して、地面や海面からのクラッターを除去する方法が用いられている。

静止している目標(この場合、地面や海面)からの反射波は、送信波と同じ周波数で返ってくる。しかし、移動している目標からの反射波はドップラー・シフトを生じるため、移動する向きに応じて周波数が上がったり下がったりする。ということは、受信した電波の中から周波数の変動(ドップラー・シフト)が生じている反射波だけを拾い出すことで、移動目標を抽出できる。これが基本的な考え方。

ところが、低空を飛行する小型のドローンは、そもそもサイズが小さいから反射波の強度が弱い。しかも飛行速度が低いので、ドップラー・シフトの量が少ない。すると、ドップラー・シフトを利用して探知するのは難しい。

かといって、ドップラー・シフトの閾値を下げると、今度は誤探知が続発する可能性が出てくる。それでは使い物にならないし、レーダーが狼少年化して、肝心なときに信じてもらえなくなる事態も懸念される。

そこでドローン・ドームでは、人工知能(AI : Artificial Intelligence)に解決策を見出した。基本的な考え方は、受信した反射波の中からクラッターに関するものを取り除けば良い、というもの。しかし、どうやってクラッターをクラッターと認識して取り除くのか。

そこで登場するのがAIの活用。実際にレーダーをさまざまな場面で使用することで、どこからどんなクラッターが返ってくるかというデータが蓄積される。そのデータを学習して、クラッターの除去に活用するというわけ。

クラッターを除去すれば、本物のドローンからの反射波だけが残る。ドップラー・シフトの利用は「本物のドローンからの反射波だけを抽出する」という考え方だが、それとは真逆のアプローチである。

すでに「ドローン・ドーム」はシンガポールのチャンギ空港などで導入されている。この先、さらに導入事例が増えれば、レーダー探知に関するデータの蓄積も進む。結果として、クラッター除去の精度も上がると期待できる。AIと深層学習の正統的な使い方といえる。

レーダー自体は既製品

ちなみに、「ドローン・ドーム」で使用しているレーダーは既製品だ。これもイスラエル製で、RADAシステムズ製のMHR(Multi-Mission Hemispheric Radar)という。このレーダーは直径50cmの円形AESA(Active Electronically Scanned Array)レーダーで、3面で全周をカバーできる。電波の周波数帯はSバンドだ。

RADAシステムズでは、MHRはナノUAVなら5km、中型UAVなら25kmの距離で探知可能だとしている。また、ラファエルでは「ドローン・ドームは「0.002平方メートルのターゲットを3.5kmの距離で探知できる」といっている。

MHR自体は先にも書いたように汎用品だから、ドローン探知専用というわけではない。施設警備や対砲兵レーダーとしての利用事例があるほか、レーザー兵器の目標探知用として採用した事例が複数存在する。米陸軍では、ストライカー装甲車を使用する自走防空システムの対空捜索用として、このMHRを採用した。

「ドローン・ドーム」が面白いのは、その汎用品のレーダーに自前のシグナル処理技術を組み合わせて、ドローン探知に長けた製品を作り出したところにある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。