2022年11月10日、東北大学らの研究グループは、光を用いてスピン流を超高速に完全制御する新原理を開拓した、というプレスリリースを発表した。この研究成果は、次世代超高速光スピントロニクスデバイスの実現に大きく期待できるものだ。今回は、こんな話題について紹介したいと思う。

スピン流を光で完全に制御する新原理とは?

東北大学の松原正和准教授、名古屋大学の加藤剛志教授、岩田聡教授(当時)、京都大学の柳瀬陽一教授、東京大学の渡邉光助教らの研究グループは、ナノ空間の対称性を人工操作した磁性メタマテリアルを新たに開発し、室温かつ超高速で、スピン流の伝搬方向や大きさを光パルスの偏光状態により完全制御する新原理を発表した。

スピン流という言葉を初めて聞いた方も多いかもしれない。スピンはご存知だろうか。例えば電子であれば、マイナスの符号を持った性質の他に、小さな磁気の性質を持っている。この小さな磁気の性質のことをスピンという。そして、スピン流とはスピンの流れを指し、それは電荷の流れ、つまり電流のスピン版のことだ。

実は近年、このスピン流を活用したスピントロニクス技術の開発が世界中で注目されている。その理由に、電気デバイスや磁気デバイスなどとは異なる新しい駆動方式の創出や消費電力低減の観点で、スピントロニクス技術が有効だと考えられているからだ。具体的には、超低損失な不揮発性磁気メモリ、量子情報伝送などだ。

  • 電流とスピン流のイメージとその比較

    電流とスピン流のイメージとその比較(出典:東北大学)

東北大学らの研究グループは、室温で強磁性を示すコバルトと白金からなる多層膜に、一辺の長さが数百nm(10-9m)の正三角形状の穴を周期的に作成し、 3回回転対称性と垂直磁化を同時に持つ「対称性を人工操作」した磁性メタマテリアルを実現した。ちなみに、3回回転対称性とは、3分の1回転(120度回転)させると元の状態に戻る性質のことだ。

そして、この磁性メタマテリアルに光パルスを照射したところ、主に次の4つの機能がわかったとする。

・バイアス印加なしで超高速のスピン流が流れる「超高速応答機能」
・スピン流の伝搬方向およびスピンの向きを反転できる「磁気スイッチ機能」
・スピン流を意図する方向に伝搬させることができる「伝搬方向制御機能」
・スピン流の大きさを制御できる「強度制御機能」

これらの磁性メタマテリアルの振る舞いは予想と完全に一致し、スピン流を光で完全制御できる新原理を開拓したことが示されたのだ。

  • 磁性メタマテリアルによってスピン流を光で完全に制御する新技術の概要図

    磁性メタマテリアルによってスピン流を光で完全に制御する新技術の概要図(出典:東北大学)

なお今回の研究成果は、2022年11月7日(英国時間)発行の英国科学雑誌『Nature Communications』に掲載された。

いかがだっただろうか。主にマクスウェル方程式で記述される電磁場で実現されるエレクトロニクスを超え、スピン流と光ガルバノ効果を活用して完全にデバイスを制御するスピントロニクスは、とても興味深い分野だ。消費電力やジュール熱による発熱などが大幅に低減され、量子情報伝送にも活用できるという。これは、今後の機器を大きく変えるものになるのだろうと期待できる。