ベルギー先端半導体研究機関imecが開催した年次イベント「imec Technology Forum (ITF)World 2023」では、「Global chips act initiatives: opportunity to accelerate innovation?(グローバルなチップス法の率先励行:イノベーションを加速する機会になるか?)」と題して日本・米国・欧州で半導体振興・支援促進の直接的な責任を負う政府高官による座談会が行われた。
同座談会の出席者は、以下の通り。
- 日本の経済産業省(経産省) 商務情報政策局長の野原諭氏
- 欧州委員会(EC)通信ネットワーク/コンテンツ/技術総局副総局長のThomas Scordal(トーマス・スコルダス)氏
- 米国商務省 標準技術担当商務次官 兼 国立標準技術研究所(NIST)所長のLaura Locascio(ローリー・ロカシオ)氏
- imec EVP兼最高戦略責任者(CSO)のJo De Boeck(ヨ・デ・ボーク)氏(=司会)
米国政府は半導体製造強化に390億ドル、研究開発強化に110億ドルを投資
Locascio氏は、米国のCHIPS法の概要について「2022年7月に連邦議会が可決し、同年8月にバイデン大統領が署名して成立したCHIPS法(CHIPS and Science Act of 2022)では、5年間で総額500億ドル余りが半導体産業に支給されることになっている。このうち、半導体製造施設への助成は5年間で総額390億ドルが割り当てられる。すでに2023年2月28日に公募要項を発表しており、想像していたより多い200社以上が応募に興味を持っている。一方、半導体研究開発へは110億ドル助成する」としている。
この半導体研究開発向け補助金の主な支給対象は以下の4か所が予定されている。
- NISTによって年内に設立される先端半導体プロセス・デバイス開発目指す「National Semiconductor Technology Center(NSTC)」。新たな研究施設は、本部のほか全国に分散した研究所を置き、大学、政府機関、多国籍企業と提携して先端半導体分野の新技術を創出する。
- 米国内での半導体製造サプライチェーンを完結させるため、先端パッケージング研究を行う「National Advanced Packaging Manufacturing Program」。後工程の研究開発や新産業の創出を目標とする。そのパイロットラインはNSTCが管理運営する予定である。
- 半導体製造に関する研究機関(全米で1~3か所選定する予定)。独Fraunhofer Instituteをモデルにした組織を想定。半導体量産工場のデジタルツインやAIを活用した精密な製造の研究を行い、米国での先端半導体製造を側面から支援する。
- NISTがもっとも得意とする先端半導体メトロロジー技術開発プログラム
米国で工場を建設する半導体メーカーへの補助金に続き、装置・材料メーカーや研究開発機関への補助金は、今夏から秋にかけて募集要項を発表する予定としており、NISTはこれからその準備や発表で忙しくなるとの見通しを示している。
EUは直接投資33億ユーロながら官民合わせて430億ユーロの投資を計画
ECのScordal氏は、米国のCHIPS法を模した欧州CHIPS法について、「欧州CHIPS法では、現在10%程度にとどまる欧州での半導体生産シェアを2030年に20%に高めることを目標に掲げ、官民あわせて430億ユーロを投じる計画である。EU自体の投資額は33億ユーロだが、残りを各国政府や民間投資で賄う。EU自体の投資は、欧州では、いわば呼び水だ。欧州には、半導体製造のスキルや製造工場に課題があるが、欧州の産業は2nm世代の半導体や異種チップ集積の技術を求めているので投資を加速させたい。このため、少なくとも3つのパイロットラインをEU域内に設置する。これらは最先端微細化プロセス、先端FD-SOI、高度なパッケージング技術のパイロットラインで、EUとその加盟国が共同出資して他に類を見ない欧州のインフラストラクチャとなるが、域外パートナにも開放する予定だ。個人的には、3つとは言わず、主要国に1つずつで合計15~17のそれぞれ特徴のあるパイロットラインを設置したい」と説明している。
なお、欧州CHIPS法の基本方針に関しては、この座談会の前に、EC域内市場担当委員のThierry Breton氏が基調講演にて説明を行っている。
日本は3段階の半導体振興策を通して海外企業との協業推進
そして日本の野原局長は、日本の半導体製造基盤の確立に向けた経産省の半導体戦略として、以下のよう日本半導体復活に向けた3段階の基本戦略を説明したほか、「個人的にはRapidusが最重要だと思っている」との私見も述べている。
- IoT用半導体生産基盤の緊急強化(TSMC熊本工場の誘致など)、
- 日米連携による次世代半導体技術基盤(LSTCやRapidusの設立など)
- グローバル連携による将来技術基盤(光電融合技術の実用化など)
また同氏は、過去の経産省の半導体戦略の失敗を「自前主義に陥り、国内企業にばかり投資してしまい、国際協業しなかった」ためとしたうえで、今後は、オープンイノベーションを徹底し、海外の半導体関連企業との協業や日本への誘致に積極的に投資していくとした。具体的には、(1)EUV露光技術の確保、(2)先端半導体の国内での用途創出、(3)国際的人材育成・交流、(4)イノベーションのための研究開発、という4つの分野で国際協業を進めていくと述べた。
筆者注:過去、日本政府が主導した一部の国家プロジェクト(国プロ)や半導体コンソーシアムには外国企業が参画していたことがある。例えば、EUV露光の周辺技術開発の国プロであるEIDECには、共同開発(民間プロジェクト)の企業として、Intel、Samsung Electronics、TSMC、SanDisk、SK hynixの名前が記載されていたほか、開発協力(国際研究機関)としてベルギーimec、米NIST、米Sematechの名前が挙げられている。
なお野原氏は最後に「日本政府は、オープンイノベ―ションに方針転換して海外企業にも門戸を開いているので、国内の半導体サプライチェーン強靭化に貢献してくれる海外企業との協業を歓迎する。ぜひ日本に投資してほしい」と参加した2000人の聴衆に向かって日本への投資を呼びかけた。
なお、座談会参加者は、各国政府の支援策を実施していくにあたって、互いに協力し合い、半導体産業を世界規模で発展させることを目指し、それぞれの地域・国が進めている半導体産業支援策の情報交換ならびに連携を図っていくことで意見が一致したほか、若者による起業の促進を図っていくことでも意見が一致した。
この座談会以降、すでに2カ月ほどが経過したが、その間、欧州CHIPS法が始動し、Intelのドイツ前工程工場やポーランド後工程工場、imecの最先端パイロットラインなどに対する巨額補助金の発表が徐々に形となってでてきたほか、日本とEUが連携し、政府間の半導体支援策の規模や内容の情報交換を進め、生産品目のすみ分けを狙うための相互連携を進める契約を結ぶなど、急速に各国間の連携が進みつつある。