先端半導体・デジタル技術に関する独立系研究機関ベルギーimecの年次イベント「ITF World 2023」が、約2000人の参加者を集めてベルギー・アントワープにて2023年5月16~17日に開催された。半導体業界の著名人による講演とimecの研究成果の展示会で構成されており、今年のテーマは、「回復可能な未来に向けてディープテックの影響力を強化しよう」であった。

  • ITF World 2023会場風景

    図1:ITF World 2023会場風景。基調講演を行ったのはEU域内市場担当委員のThierry Breton氏 (著者撮影)

講演会では、欧州委員会(EC)の域内市場担当委員のThierry Breton氏が基調講演に登壇。欧州における半導体産業支援策、いわゆるEuropean CHIPS Act(欧州CHIPS法)の施策に関して詳しく紹介した。

同氏は、まず「国家安全保障に対する戦略的配慮から半導体産業への国家支援を再編し、サプライチェーンを確固たるものに構築しなおす必要がある。欧州連合(EU)のパートナー -特に米国、韓国、日本- だけでなく、ライバル(中国)も多額の投資を行っている。欧州は、この競争でリードするための独自の計画を立てる必要があった」と欧州CHPS法制定の背景や支援策、活動方針を説明した。

半導体振興のための欧州の2つの目標

Breton氏は、「私たちは2022年2月にこの法案を提示し、13か月の交渉を経て記録的な速さで4週間前に合意に達した。欧州は、次の2つの目標を設定している。まず、欧州は急成長する1兆ユーロの半導体市場(現在の市場規模は5000億ユーロ)のシェアを増やさねばならない。現在のシェア10%を2030年には20%に倍増したいと考えている。第2に、欧州で最先端の半導体、つまり2nm未満の半導体を生産することである」と目標を明確にした。

この目標を達成するため、以下の3つの活動方針を設定した。

  1. 研究および技術的リーダーシップを維持および向上させる
  2. ヨーロッパで強靱な半導体サプライチェーンを構築する
  3. 積極的な半導体チップ外交を通じて同盟国とバランスのとれた半導体パートナーシップを確立する

それぞれの活動方針をもう少し詳しく説明しよう。

技術的リーダーシップ向上のため7年間で110億ユーロ投資

まず「1. 研究および技術的リーダーシップを維持および向上させる」に関しては、以下の5つの活動に今後7年間で110億ユーロを投資するとしている。

  1. 最先端のノードサイズ(2nm未満およびムーアの法則をオングストロームレベルまで拡張した領域)、 7nm未満のFDSOI、および高度なパッケージングの生産プロセスを実用化するために、少なくとも3つのパイロットラインをEU域内に設置する。これらのパイロットラインは、EUとその加盟国が共同出資して他に類を見ない欧州のインフラストラクチャーとなるが、域外パートナーにも開放する
  2. 統合されたクラウドベースの設計プラットフォームを開発して、チップ設計者が最適なリソースに確実にアクセスできるようにする
  3. 量子チップの作成をサポートする。これにはフォトニックコンポーネントへの多額の投資が必要になる
  4. コンピテンスセンターの全国ネットワークを確立し、連合内のあらゆる企業に専門知識とサポートを提供する
  5. ファンドを設立し、バリューチェーン全体で革新的な新興企業や中小企業を株式と融資を通じてサポートする

また、「2. ヨーロッパで強靱な半導体サプライチェーンを構築する」については、ヨーロッパでの回復力のある半導体サプライチェーンの構築に向けて、半導体技術面でのリードを産業のリーダーシップと回復力に変えたいと考えているという。2022年2月、欧州CHIPS法案が提出して以来、すでに官民合わせて1000億ユーロの投資計画が発表されている。これには、IntelやTSMCなど海外からの投資も含まれる。今後開催されるChips IPCEI(欧州共通利益重要プロジェクト)では、20加盟国の100社以上が参加するサプライチェーン全体に沿った産業プロジェクトも計画されている。

そして、「3. 積極的な半導体チップ外交を通じて同盟国とバランスのとれた半導体パートナーシップを確立する」の要素は、強力でバランスのとれた国際協力を構築することである。Breton氏は、「私は米国、カナダ、インド、日本、韓国、シンガポール、台湾と新しいパートナーシップを築きたいと思っている。私たちが最近、最先端技術の輸出管理に関して米国や日本などのパートナーと協力する際に示したように、欧州は共同の安全を維持するためにあらゆる手段を講じる決意であり、この努力において同盟国と協力して行動するつもりである。しかし、欧州は、自らの政策目標に沿って産業上の利益とリーダーシップが危機に瀕している場合には、同様にそれを守るだろう」と述べた。

経産省の野原局長やRAPIDUSの小池社長が登壇

基調講演に続いて、imecのLuc Van den hove社長やNVIDIAのJensen Huang CEOはじめ世界の半導体業界の要人が次々と登壇して、将来の半導体への思いを語った。日本からは、経済産業省(経産省)商務情報政策局長の野原諭氏(図2)とRapidus(ラピダス)の小池敦義社長が登壇した。

野原氏は、米国商務省傘下の国立標準技術研究所および欧州委員会のCHPS法実施責任者とともに「グローバルCHIPS法イニシアティブ:イノベーションを促進する機会になるか?」と題するパネル討論に出席。日本政府としての半導体支援策を紹介した。パネル参加者は、各国政府の支援策実施にあたりお互いに協力し合い、半導体産業を世界規模で発展させることで意見が一致した。野原氏は、最後に、ITF World 2023に参加した半導体関連企業に(補助金を前提に)日本への投資を呼びかけた。

  • ITF World 2023会場風景

    図2:ITF World 2023会場風景。パネル討論で話す経済産業省の野原局長 (著者撮影)