創業50年を超えるポリプラスチックスは工業用プラスチック材料の製造・販売を手掛けるものづくり企業だ。主要顧客の家電メーカーが製造拠点を海外へ移転するのに合わせ、同社も積極的な海外展開を進め、アジア・太平洋地域に製造・サポート・研究開発の拠点を稼働させるほか、米州や欧州への市場開拓にも進出している。
国内外の広域で活動するグローバル製造業に共通する課題は、出張の多い社員の業務効率化だ。同社はiPadとファイル共有ソリューション、仮想デスクトップを組み合わせたモバイル型のワークスタイルを取り入れた。
技術営業には欠かせない各種資料は膨大でパソコンでは対応しきれず
エンジニアリング・プラスチックスとは自動車や家電、コンピュータなどの部品や部材に使われるプラスチックの素材に、強度や電気特性などさまざまな機能を持たせること。顧客であるメーカーの製品開発段階から参画し、顧客の作りたい製品に即した特性を持つプラスチック素材をいわば“共同開発”していくのが同社の営業スタイルだ。
「当社の営業担当者は技術営業ですので、一般的な売り買いの交渉とは違います。例えば自動車の部品に使われるプラスチックの素材選びでは、強度、耐薬品性、耐候性など、顧客メーカー様の要望に合った素材を当社製品の中から選び出していくことが技術営業の仕事です」と語るのは、Global営業支援部長の内田純氏だ。
同社の取り扱う素材はカタログにして50冊、1つのカタログは標準サイズで電話帳くらいもある。外見はどれもペレットと呼ばれる粒の状態なので、写真で見せても製品特性は何も伝わらない。熱特性や電気特性などさまざまな技術データを提供することが自社製品のアピールとなる。
「膨大な技術資料の中から、お客様ごとに必要な情報を探し出して提供していくのが重要な仕事ですから、営業先に持っていく資料は大量にならざるを得ません」(内田氏)
従来の営業スタイルでは、なかなかスマートな情報提供はできていなかったと、日本営業本部 課長の光安崇行氏は振り返る。
「グレードごとのカタログから技術資料まで紙カタログが大量にあって荷物は相当重くなりました。ある時期からPCを使い始めて、紙カタログと組み合わせた営業をしていましたが、お客様から受けた質問に関する資料を紙で用意していないと、『ちょっと待ってください』といってパソコンを立ち上げるのですが、起動に5分くらい要してしまい、そこでコミュニケーションが止まってしまいました」
こうした課題を解決するため、同社ではスマートデバイスが出回り始めた2010年ごろに、各種デバイスを業務改善ツールに使えないか調査を開始した。
スマートデバイスで3つの課題を解決
スマートデバイスの業務活用を担当したGlobal営業支援部の曽根田一典氏は、導入目的を次のように話す。
「国内外への出張・外出の多い営業担当者に配付して、顧客先での提案業務に活用できること、承認・申請といった社内業務フローを効率よく処理できること、セキュリティを確保すること、この3つを主眼に機種選定を行いました。スマートデバイスの第1世代は重くて使いづらかったですが、その後は薄型化、軽量化が進み、通信キャリアの電波状況も改善して、営業担当者が外出先でも資料参照できる環境が整ってきました。そこで情報システム部と協議し、セキュリティを高く保てるデバイスということでiPadを選定しました」(曽根田氏)
iPadの導入数は80台。営業担当者のほか、役職者にも配布している。導入時の操作教育では、対象者全員を集めた合同研修ではなく、5~6名のグループ単位で基本操作のレクチャーとセットで端末を配付する丁寧な対応を実施した。
iPadには営業支援用ツールとして、事前に2つのファイル共有アプリをインストールしている。1つは一般ユーザーに公開している製品カタログや会社紹介などを電子化して格納する「Handbook」で、顧客先で手軽に開ける操作感を重視して採用した。これとは別に、顧客ごとに個別で作成する機密性の高い書類などは、より厳密なセキュリティ管理が可能になるファイル共有ソリューション「PrimeDrive」を使って、各自がパソコンで作成した資料をiPadから開いてプレゼンテーションに利用している。
社内業務に関するメール、カレンダー、各種の申請・承認フローなどについて、同社は「IBM Notes」を利用してきた。
「多くのデータベースを構築して情報資産を蓄積してきた経緯があり、これらをすべてWebアプリ化してiPadから操作できるようにするのは、開発コストの面で現実的ではありません。そこで仮想デスクトップを利用して、iPadからでも自席のパソコンを使っているのと同じ環境で社内ネットワークにログインすることで、社内業務を外出先からでも滞りなく行える環境を整えました」(曽根田氏)
海外出張時のタイムリーな業務遂行に導入効果
管理職の立場から各種の承認業務を行う機会の多い内田氏は、iPadの導入効果を次のように語る。
「海外に赴任してシンガポールを拠点にインドからオーストラリア、ニュージーランド、フィリピンなど広域を担当していたころは、パソコンでは出張先の国でそれぞれの通信キャリアに合ったネットワークカードを用意する必要があり面倒でしたが、iPadのセルラーモデルは移動先の国に着くと自動的に通信キャリアが切り替わる国際ローミングを利用できるので、空港に着いてすぐにメールチェックや承認作業を行えるなど、とても便利になりました。空き時間にすぐメールをチェックできると、次のアクションの準備ができて助かります。パソコン時代は、お客様との会食を終えて夜ホテルに戻ってから、ようやく1日分のメールをチェックするといったこともありました」(内田氏)
顧客先でのプレゼンテーションでは、「技術資料やデータを探すスピードは、パソコンに比べてiPadは確実に早くなりました。お客様にお見せした資料を電子データで欲しいといわれたら、その場でiPadからメール添付でお渡しするといった対応も喜ばれます。膨大な資料を電子データ化してすべてiPadに格納できるのは大きなメリットで、重い荷物を持ち歩かずに済むのはもちろん、カタログデータなどを常に管理部門で最新版に差し替えて配付してもらえるので、資料のバージョン管理に気を遣わずに済みます」と光安氏もiPadの利便性を評価する。
海外での活動比率が高い同社では、営業担当者は1週間程度の海外出張は頻繁にある。iPad導入以前は、事前に大量の紙資料を用意していたというが、現在では基本的にiPadで資料説明を行い、お客に渡す資料は商談後まとめてメールで送れば作業が完結するという。事務所に戻ってパソコンからメールで送るという手間はなくなった。
管理職になると自身で資料を作成することはなく承認作業が主になるので、1週間程度の海外出張ではiPadだけを携帯すれば十分だという。資料作成や書類修正などを行う立場の営業担当者はiPadとパソコンを持って海外出張に出るが、商談はiPadだけで進められるので、重くてかさばるパソコンを持ち歩く必要はなくなった。同じところに数日滞在するなら、パソコンは営業拠点やホテルに置いておき、iPadだけ持って営業しているという。
iPad活用のノウハウを社内共有する取り組み
iPadの導入から1年ほど経過して、同社が課題と感じているのは活用度のばらつきがある点だと曽根田氏は指摘する。
「定期的に実施している営業担当者への各種教育カリキュラムにiPad活用のプログラムも加え、うまく活用している人のノウハウや、営業手法の成功例、新しく追加された資料などを知らせて、iPad活用の底上げを図っています。営業現場からは、利用したいアプリのリクエストが多いので、情報システム部とセキュリティ面の協議をするなど、関係部署と連携して対応しています」(曽根田氏)
営業担当者へのアンケートを取ると、同社独自の測定器を動画で紹介するコンテンツは、顧客の理解度を高めるのに効果があると判明した。プラスチック素材の性質は言葉で説明してもなかなか伝わらないが、動画なら短時間で意図が伝わるという。また、顧客先で会食する際に動画を流すといった使い方もあるという。
動画利用に限らず、こうしたベストプラクティスをナレッジ化して営業担当者に共有していく活動を通して、同社はiPadをより効果的に使いこなしていく方針だ。