日本政府は、7月4日より、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の大韓民国(韓国)向け輸出および、これらに関連する製造技術の移転(製造設備の輸出に伴うものも含む)について、包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求め、輸出審査を行うこととする発表を行った。

発表当初は半導体業界とディスプレイ業界では、該当・非該当の情報が錯綜したが、IHS Markitディスプレイ部材担当シニアアナリストの宇野匡氏は、「ディスプレイ業界ではフッ化ポリイミドやレジストは該当せず、フッ化水素のみが該当することが判明した」と述べて以下のように解説した。

  • フッ化ポリイミドについては。AMOLEDディスプレイでカバーフィルムとして透明ポリイミドが使用されているが、供給しているメーカーからは非該当の発表が行われている。規制対象は、フッ化ポリイミド全部ではなく、フッ素含有量10%を超えるフッ化ポリイミドに限定されているが、ディスプレイ業界で使用しているのは10%以下の製品である。
  • レジストについては、規制対象に該当するレジストが広く使われているArFやKrFリソグラフィ用ではなく、制先端半導体で使われるEUVリソグラフィ用であるので、ディスプレイの工程では使用されていない。
  • フッ化水素は、スマートフォン用ディスプレイモジュールの化学研磨あるいは、TFTラインでの洗浄あるいはエッチング用に使用されている。ディスプレイの工程で使用されるフッ化水素は高純度である必要がなく、韓国国内あるいは日本以外の海外で代替品を見つけることができるだろう。当面は混乱するかもしれないが、将来的に影響はないだろう。
  • 韓国への輸出管理の強化は、禁輸措置ではなく、ディスプレイメーカーが必要とする素材の購入には基本的に問題はない。しかし、手続きに最長90日かかるとするならば移行期間での混乱は予測される。

素材における日系メーカーの強み

今回の韓国向けの材料輸出規制の騒ぎで、日系メーカーはさまざまな素材においてシェアが高いことに注目が集まった。宇野氏は「日系素材メーカーはさまざまな産業の拡大とともに素材の品質を進化させ、生産能力を段階的に拡大してきた。多くの素材では、数社で全世界の供給を行う例が多い。1回の投資は高額ではあるが、同時に大量の生産能力を確保できる。韓国・台湾・中国の新規メーカーは全くシェアがない状況から大規模な生産能力の投資が必要となり、リスクが高いため素材事業での新規参入は困難な状況となっている。したがって、日系メーカーは高いシェアを維持し続けている」と解説した。

また、「今回の輸出管理強化により、あらためて日系メーカーの素材分野での強さが認識されている」と現状分析し、「通常では投資リスクの大きさから新規参入は困難であるが、政府の援助などにより、新規参入の可能性が高まるだろう」と韓国企業の新規参入を予測した。

  • IHS

    図8 LCDの材料および部品のサプライチェーン:主要部材のサプライヤとして日系企業がずらりと並んでいる (出所:IHS Market)

半導体製造に影響が出れば、その余波の可能性も

宇野氏はさらに、「今回の輸出管理強化は輸出規制ではなく、中国や台湾などと同等の輸出管理が適用される内容となっている。大手企業が通常に生産に使用する製品については、制限はかからないと想定される。しかし、移行期間については在庫などで対応ができるかどうかの問題が発生する。特に先端半導体製造で使われるEUVレジストや高純度フッ化水素は経時劣化があり、在庫確保が困難となっている。また、申請する企業が過去の購入と生産の差異を説明できない場合については申請が却下されるという。もし大手企業にてこの事案が発生する場合は生産に大きな影響が出ると考えられるが、ディスプレイ用途としては、在庫や代替品などの状況から半導体と比較して状況は深刻ではないと言える」と説明。加えて、「日本政府の発表以降、韓国内での混乱も大きく、日本製品に依存するリスクが取りざたされている。前述の通り、素材への新規参入はあいかわらず困難な状況に変化はないが、政府の援助があれば新規参入の可能性はより低くなると想定される。半導体の方面については専門外だが、先端LSIの生産に影響が出るようなことになれば、次世代スマートフォンの生産などに影響がでることなどは考えられる。そうなれば、ディスプレイへの影響も懸念される」と最悪のケースについても言及した。

著者注:この宇野氏による考察は、講演日(2019年7月25日)時点のものであり、この講演後に、日本政府が輸出管理強化策を追加するなどした場合は、今回の発言の元となった分析の対象外である。

米中貿易摩擦の影響はどうなるか?

このほか、長引く米中貿易摩擦の影響についても宇野氏は、「2018年7月に第1弾を発動した米国の対中制裁関税は、すでに第3弾、27兆円規模にまで膨らんだ。ほぼ全品目に広がる第4弾はいったん発動が見送られたが、企業は両国の協議が決裂する『最悪の事態』に備える必要がある。収束の道筋が見えない米中貿易戦争が企業の経営戦略を揺さぶっている。中国外への生産移管を表明したり検討したりする主要なグローバル企業が増加。インドやベトナムなど中国周辺への投資額が伸びるなど、企業が資金を投じる国や地域も変化が鮮明となっている。自由貿易を前提に築かれた世界的なサプライチェーンは、中国と非中国で分断される岐路に立つ。企業は二重投資のコスト増など、新たな課題に直面する」との見方を示す。

ディスプレイ業界は、中国のパネルメーカーが地方政府の補助金を活用する形で積極的な投資を展開してきた結果、中国メーカーが世界最大の生産能力をすでに保有する状況となっており、パネル生産が中国に集中する傾向は変わらないが、ディスプレイモジュールや最終セット製品は中国外での生産を増加させる動きがでてきている。

こうした動きを踏まえ宇野氏は、「部材メーカーはモジュールあるいはセット製品の生産が中国外へシフトする傾向に対応しなければならない。貿易戦争がさらに激化する場合は、中国ブランドのシェアの低下が想定される。サプライチェーンの変化にも対応しなければならない」と、何らかの行動を伴う必要が出てくることを強調した。

価格競争が激化するディスプレイ部材業界

最後に宇野氏は、ディスプレイの需給バランス、それにともなう部材業界への影響について「ディスプレイの需要を面積で見た場合、その70%が液晶テレビが占めている。液晶テレビの数量は2018年に増加したが、その後は減少となる予測をIHSではしており、面積の伸びを牽引してきた平均画面サイズの大型化も2020年以降に飽和状態を迎えることから、鈍化する見通しである。このため、今後は、年によっては、面積需要で見た場合、マイナス成長になる年がでてくることも考えられる。そうなれば、部材メーカーは新規投資の必要性がなくなり、結果として価格競争が激しくなることが予測される」とし、やがて淘汰の時代が訪れると警告を発し、そうした来るべき厳しい市場環境に対し、準備を開始する必要性があるとしていた。