2015年に世界初の7nmテストチップ試作に成功

IBMは現在、GFと韓国Samsung Electronicsを研究パートナーとして先端半導体プロセス・デバイス研究を行っている。同社は、2015年7月に、これらパートナー2社と協力して300mmを用いて世界で初めて7nmプロセスを用いたテストチップの試作に成功している(図4)。 

IBMは自社の次世代コンピューティングシステムを構築するのに必要な半導体技術を研究開発するだけではなく、研究パートナーのファウンドリが近い将来に必要とする半導体技術も開発している。微細化に伴い巨額化する設備投資費用を1社だけでは賄いきれないので、パートナーと分担し合っている。かつては、東芝もNECもソニーもIBMの先端半導体研究パートナーだった時期もあったが、日本勢はことごとく先端ロジック製造から撤退してしまってIBMとは縁が切れたままである。

図4 300mmウェハを用いて(左)、7nmプロセスで製造されたテストチップ(中央)と内部FinFETアレイ構造の断面SEM像(右)。Finのピッチは30nm (出所:IBM)

ファブライトの研究とはまったく異なるIBMの研究モデル

IBMの半導体研究グループの研究モデルと一般のファブライト(半導体垂直統合企業が、微細化に伴い急騰する設備投資に耐えきれず、設備投資を最小限に抑えて、生産の大部分をファウンドリに委託するが、設計や研究開発は自前で行う企業スタイル)の研究モデルは明確に異なっている。IBMは、基礎研究に的を絞り、具体的なチップ開発は研究パートナーに任せている。GFやSamsungのようなパートナーはIBMにとってのドライブトレインであり、新しい技術ノードにそなえてファウンドリ施設や設備に継続的に投資を続けられる規模を持っている。パートナーであるファウンドリ各社は先端技術を入手すえうためIBM研究部門を必要としている。こんなことは、ファブライトの研究モデルではありえない。これにより、ファウンドリ間での研究の重複をさけられるので、技術的にも経済的にも多大な節約ができ、市場へのアクセスも速められる。

IDM(設計から製造・販売までてがける垂直統合半導体メーカー)がファブライトになるのは、製造はそのほとんどを他社に委託しても研究は秘密にして技術だけは自社内にとどめておきたいという意図がある。しかし、IBMは逆で、パートナーに技術を誇示することで協業を拡大しようとしている。それだけではなく、パートナーの研究員が多数IBMの研究ファブに駐在して、研究の重要な部分を担当している。このため、パートナーは十分先を見通せるので、自社での研究との重複を避けることができる。

このようなやり方は、1992年に、IBMがドイツSiemens (現Infineon Technologies)および東芝とニューヨーク州のIBM施設でDRAM研究開発の協業を始めて以来、20年以上に渡り成功しているビジネスモデルである。3カ国の研究者によるDRAMの共同開発を通して、国による文化の違いも克服できるようになった。

IBMの研究成果はパートナー企業へ移管可能だろうか。もちろん可能だ。GFの最新鋭ファブ(ニューヨーク州マルタにある同社Fab8)はIBM研究ファブの近くにあるうえに、GFの研究者や技術者が多数IBMの研究ファブに来て共同研究しているからだ。しかも、IBMは過去20年以上に渡り技術移管の手法を確立させている。

これに対して、ファブライトの場合は、研究が重複して無駄になる場合が少なくない。なぜなら、ファウンドリも独自に研究しており、独自のPDK(プロセスデザインキット)を用意しているからだ。いまや、ファウンドリのプロセスのほうが、ファブライトのプロセスよりも優れている場合が多い。

IBMモデルはコンソーシアムとも違う

コンソーシアムの技術は移管可能だろうか。限度はあるもののたぶん可能だろう。しかし、コンソーシアムはプロジェクト指向で、成功は顧客の努力に左右される。IBMのように全責任を負って主体的に研究を引っ張る者がいないからだ。実は、顧客は、コンソーシアムのプロジェクトに期待していない場合がほとんどだ。なぜなら、先進メンバー企業は、すでに自分たちが知っていることを第3者に検証させようとするか、差別化で自社に優位性をもたらさないどうでもいい研究をコンソーシアムでやろうとするからだ。下位のメンバー企業は、なんとか上位メンバーから情報を入手できないかとの思惑でコンソーシアムに寄りかかる。コンソーシアムは、多数の競争相手が、非競争領域の研究を研究の重複を避けて研究費を分担して(一社当たりにならすと大幅に軽減して)行うことに意義があるとされる。しかし、競争相手がドンソン減ってしまっては、費用分担のメリットがなくなってしまう。日本では1994年以来、数多の半導体コンソーシアムや国家プロジェクトが企画され実行されてきたが、残念ながらどれも日本半導体復権に寄与せず消えていった。まるでその原因の分析結果ではないかと思えるような内容だ。

これに対して、IBMの顧客ファウンドリへの技術的貢献は顕著であり、IBMのおかげで、協業ファウンドリはビジネスで差異化を図ろうとしている。

IBMの半導体研究モデルとは?

それでは以上の議論をもとに、IBMの研究モデル、ファブライトの研究モデル、コンソーシアムの研究モデル、それぞれの比較表を作ってみよう(表1)。

ロジック研究を成功させるために鍵を握る要素 IBM研究モデル ファブライト研究開発モデル コンソーシアム研究モデル
製造はファウンドリに委託するか? Yes Yes No
最先端品の量産に投資するのを取りやめるか? Yes Yes N/A
最先端の研究開発のための施設を維持するか? ほとんど研究用 研究開発用(開発中心) 研究開発用(研究中心)
最先端の装置一式を備えるか? Yes No 限度あり
最先端の装置をそろえるのにORMを使うか? Yes No Yes
技術移転の道筋は確立しているか? Yes No 限度あり
他社とうまくパートナーを組めるか? Yes たぶん Yes
フルフロープロセスを複数のファウンドリに移管できるか? Yes No No
デバイスを使ったシステムレベルのニーズはあるか? Yes No Yes
50年先を見通す能力や必要性があるか? Yes No No
表1 ロジックデバイス研究を成功させるために鍵を握る要素を3種類の研究モデルで比較 (出所:VLSI Research) (注)ORM=Other Research Money 、他社からの研究資金

IBM研究モデルは、最先端品の製造のために設備投資するのはやめて、製造はファウンドリにまかせて研究に徹する。研究のための最先端装置は一式そろえ、適宜更新する。そのために研究パートナーに研究設備投資費用や研究開発費の分担を求める。パートナーへの研究成果の技術移転を行うための仕組みが確立しているが、一方では、社内にデバイスをつかったシステムレベルのニーズがあり、長期レンジのビジョンを持って研究している。

これに対して、コンソーシアムは期限付きだし、ファブライトはファブレスへ徐々に移行する過程であり、IBMやベルギーimecのような最先端研究機関やARMのようなIPAベンダ、SynopsisのようなEDAベンダ、Applied Materialsのような装置メーカーなど幅広く周辺企業とも協業してポジティブスパイラル状態の先進ファウンドリに比べてファブライト企業の研究の優位性も確保しにくくなっており、ファブレスに競合するだけの製品企画力やマーケティング力もない状況では長期ビジョンも立てにくい。