建設産業の内外に「建設DX(デジタルトランスフォーメーション)」を実現しなければいけないという意識はあるのに、なかなか進まない現状があります。

本連載では、その理由が何なのか、建設DXの普及を牽引する企業である野原グループの代表取締役社長兼グループCEO、野原弘輔氏をホストに、建設産業に携わる多様な立場のゲストの方との対談を通じて、建設産業への思い、DXへの取り組みについて浮き彫りにします。

第2回は、3名のメディアの方々に建設産業の近未来像について語っていただきます。

時間外労働時間の上限規制で始まる、建設産業の新しい働き方
デジタル化の波が押し寄せる中、建設産業はその姿を変えていく
DXで新たな価値を創造し、建設産業から社会に変化を起こす

  • 左から、建築技術 編集長 橋戸氏央樹氏、日刊建設工業新聞社 編集局部長 牧野洋久氏、日刊建設通信新聞社 執行役員 編集局長 佐藤俊之氏、野原弘輔

今回対談いただいたゲスト

日刊建設通信新聞社 執行役員 編集局長 佐藤俊之

1992年、東北大学農学部卒。ソフトウェア会社、広告代理店などを経て2001年に株式会社日刊建設通信新聞社に入社。主に国出先機関、地方自治体、地域建設産業を担当。2022年6月、編集局長、2023年8月執行役員編集局長(現職)。

日刊建設工業新聞社 編集局部長 牧野洋久

1997年、東京都立大学工学部卒。建設会社などを経て、2001年に日刊建設工業新聞社に入社、2021年より現職。国土交通省などの中央省庁や日本建設業連合会などの業界団体を担当した後、東北支社勤務を経て、現在は主に民間企業を取材。保有資格は、1級土木施工管理技士、宅地建物取引士。

建築技術 編集長 橋戸氏央樹

2011年、東京理科大経営学部卒。不動産会社、建設会社を経て、株式会社 建築技術に入社。2020年、編集長(現職)。近年の注目分野は「建築分野における情報活用」等。

野原: 建設産業に特化をしたメディアの方々に、建設産業が抱える課題と真因、さらには解決策、未来の在り方についてのお考えをお聞きします。本題に入る前に、皆様の会社や媒体の概要をご紹介ください。

佐藤: 日刊建設通信新聞社の佐藤です。「建設通信新聞」は1950年3月に創刊し、2025年で75周年、これに先立ち2024年7月には発刊2万号の節目を迎えました。東京本社以外に全国12ヵ所に事業所を設けています。これは建設専門紙の中では最多です。読者層は大手・準大手・中堅ゼネコン、地域建設業、官公庁、設計事務所、建設関連企業などの方々です。

企業憲章である「すべては建設産業のために」という理念に沿って情報を発信しています。従来の紙媒体に加え、2011年には電子版をリリースしており、2021年からはメールで配信する速報ニュース、動画ニュースにも力を入れています。創刊当時は建築に関するコンテンツが中心でした。その名残もあって、BIMに関しても大型の特集やセミナー、ライブ配信などを実施しています。専門工事業向けの「職人通信」も年数回のペースで新聞掲載しています。

牧野: 日刊建設工業新聞社の牧野です。建設産業の専門紙「日刊建設工業新聞」を日刊で出しており、2023年で創立95周年を迎えました。

主な取材対象は国土交通省をはじめとする公的発注機関、ゼネコンやサブコン、資材メーカー、建築設計事務所、建設コンサルタントなどです。日々の建設行政や建設プロジェクトの動き、新しい商品・サービスに関する記事を書くことに加え、年に一度東京と大阪で建設技術展を開催しています。さまざまなテーマを扱うカンファレンス「建設未来フォーラム」にも力を入れています。

橋戸: 月刊建築技術の橋戸と申します。私は雑誌制作に携わっているため、雑誌編集者の雑多な感想としてお話をさせていただければと思います。

月刊建築技術は1950年に創刊された建築専門の月刊誌です。主な読者層は、構造設計・設備設計・環境設計などに携わる建築系エンジニア、ゼネコンや製造メーカーなどの施工や製造に携わる方々、大学や研究所などの研究者となります。また、建築実務者が使える情報を発信するという考えの下、建築に関わる多様な話題を取り上げるという方針で雑誌制作を行っています。

野原: ありがとうございます。それではまず、2024年問題(※1)について伺います。法律が建設産業にも適用された2024年4月以降は、労働基準監督署による抜き打ち検査の実施や違反企業に対する罰則、社名公開などが科せられますが、時間外労働の上限規制はどの程度浸透すると思いますか。また、業種や職種ごとに濃淡の違いが予測されるのであれ ば、お教えください。

※1 2024年問題:2019年4月に施行された「働き方改革関連法」だが建設産業では2024年3月末まで5年間の施行猶予があり、それまでに労働問題の諸問題の解決を図る必要があったこと

橋戸: 法令順守という観点で言えば、浸透度は数年でほぼ100%になるのではないでしょうか。付随する話として、「現在の工事期間が適正なのか」という議論もあると思います。設計者や施工者だけでなく、発注者にも時間外労働の上限規制を念頭に、無理のない工期での発注が求められてくると思います。

また、時間外労働の上限規制により、働く人にとっては余暇時間が増えることになると思うので、学びの機会などを増やしていくと良いのではないでしょうか。

野原: 余暇が増え、働く時間以外を社会生活や自己研鑽、リスキリング(職業能力の再開発・再教育)に充てるのが法律の趣旨であり、確かに一方的にネガティブに捉える必要はありませんね。

佐藤: 基本的には罰則付きの法律ですから、各社ともコンプライアンスの観点から上限規制に対応すると思いますし、対応しなければなりません。ただし、上限規制の適用が5年間、猶予されてきたのには、理由がいくつかあります。建設業は、恒常的に残業の多い業種だった。なぜか?

一つには工期の問題があると思います。日本のプロジェクトは公共、民間問わず工期厳守の側面があります。特にオリンピックや万博などのイベント開催日が決まっていたり、マンションなども入居日が決まっていたり、道路も開通日が決まっていたりと、工期を延長するのが難しいプロジェクトが多いように思います。しかも、適正工期とは言えないような工期のプロジェクトも散見されます。基本的に屋外での作業になりますから、天候にも左右され、その分、工期にしわ寄せがいきます。

さらに、建設企業が構築する構造物、病院や学校、オフィスビルなどの建築物に限らず、道路やダム、トンネルといった土木構造物を含めて基本的にはすべて一品受注生産で、一つとして同じものがありません。工場で大量生産する工業製品のように自動化やロボット化などの合理化がしにくいため、思うように生産性向上ができません。

今までは工事の遅れを残業によってカバーしてきた面がありますが、上限規制によって無理が利かなくなりますので、単純に考えれば現場の建設技能者を増やして対応するしかありません。当然、建設コストは上昇しますし、人手不足、担い手不足が深刻化しつつある中、人員増強も簡単ではありません。

業種や職種ごとの濃淡もあると思います。コンクリート圧送業など車両系建設機械を扱う専門工事業にとっては、会社と現場を往復する回送時間が労働時間とみなされる点が頭の痛い問題と聞きます。

一方、4月から始まるのは規制ではなく、好循環のスタートととらえて取り組んでいきただきたい。工期の問題に関しては発注者・施主の理解と協力なしでは成り立ちません。また、専門工事業にとっては元請け企業の配慮も必要です。日本の社会全体で許容すべきというか、受けとめなければならない問題かと思います。

牧野: 肌感覚からすると、蓋を開いてみないとわからない面があるように感じています。人員が足りないという話は聞いていますし、物流業界の2024年問題の影響も受けるでしょう。建設産業だけでコントロールできない部分がありますので、工期が遅れるような事態が生じるかもしれません。

ただ、法律で定められている以上、順守することが大前提となります。現在は、良い意味でも悪い意味でもいろいろな情報が社会に出てくるようになりました。ブラックな状態で仕事をするという選択は、現実問題として難しくなるはずです。

業種別では、土木よりも建築の方が、建築の中でも設備関係が厳しい印象を受けています。昨今ですとエレベーターの取り付け工事等はかなり逼迫していると聞いています。一方で、昇降機メーカーでは工期を短くするためにさまざまな工夫をして生産性を高めている事例も目立ちます。上限規制が適用されて難しくなる部分と、生産性向上への努力とのせめぎ合いとも言えます。悲観せずに前向きに突破していくことが重要だと思います。

上限規制に対する認知度に関して、個人的に着目しているのは一般市民を含めた社会にどう浸透していくのかという点です。例えば大きなプロジェクトの工期が遅れると報じられることがあるかもしれません。その時に何が適切かという観点が大事になります。建設業に限らず社会のあらゆる場面で持続可能性が求められています。法規制前の工期が、長時間労働など誰かに無理を強いることで成立していたのであれば、規制後の工期の方が適切だと考えるべきではないでしょうか。

多様な人々がいきいきと働けなければ、人口減少下で社会基盤や安心・安全を支え続けられません。2024年問題は、建設業の仕事の在り方を変えると同時に、望ましい建設業の姿を社会に正しく理解してもらう良い機会だと考えます。