野原: 今のお話と関連しますが、建設産業の一番の課題は何でしょうか。例えば、人手不足は建設産業だけに限った問題ではありませんが、野原グループが建設産業従事者1000人に行った独自調査では、課題の1位は2年連続で人手不足でした。業種、職種で切り分けたときに、特徴的な課題があれば併せてお教えください。

佐藤: ご指摘の通りで、人手不足が最大の課題と言って間違いないでしょう。現在は、首都圏に限らず全国の大都市で再開発事業が行われており、さらに各地で半導体工場やデータセンター、物流倉庫の建設が進み需要は旺盛です。特に半導体工場のインパクトは大きく、建設時に多くの労働者を必要とするだけでなく、竣工後に若い世代が就職先として選ぶことも多いようです。熊本に建設されたTSMC(台湾の半導体メーカー)の大卒初任給は28万円で、これは県内の相場と比べると4割高、アルバイトの時給も2000~3000円と高給です。

当社では毎年ゼネコンを対象に人材採用のアンケート調査を実施しています。大手~準大手では、300~400名の社員を採用していますが、こういった企業は半導体産業をはじめとする他の成長企業との採用競争に勝てるように初任給を引き上げています。ところが、中小企業や専門工事会社は簡単に賃上げができず、特に専門工事会社は日本の若者はほとんど入らず、外国人材ばかりだと聞きます。また、人手不足に限らず、生産性向上や脱炭素も課題として挙げられるでしょう。

野原: 半導体工場もそうですが、北海道のニセコでも同様の話を聞きました。外国人観光客が宿泊するような新しい施設は賃金水準が高いので、新しい施設ができるたび、地域の人が取られ、介護などの仕事が成り立たないそうです。付加価値が高く儲かる産業が生まれること自体は喜ばしいのですが、そのしわ寄せとして建設業から人がいなくなるというのは、今後を考える上でも大事なポイントだと思います。

牧野: 最大の課題は、持続可能な建設産業に転換できるかどうかだと思います。もしも、社会がそのサービスを不要だと考えれば、淘汰されてなくなっていきます。しかし、豊かな暮らしを続けるためには、建物にしてもインフラにしても整備して維持・管理する行為が不可欠です。市場経済の観点では、需給バランスで人が足りなくなると給与が上がるはずです。必要な産業であるにもかかわらず担い手が足りなくなるのであれば、しっかりと賃金が上がっていくべきでしょう。

労働人口が潤沢だった時代には、人を集めることができたので、たたき合いで仕事を受注するような状況もありました。けれど、これからの日本は、そうした考え方は成り立ちません。社会が必要とする価値ある基盤を提供していることに建設産業は自信を持ち、適正な価格で作っていくようにしないといけません。

時間外労働を法律で規制し、他の産業と同じような形にすることに対して誰も文句は言えないはずです。正しいことを進める中、建設産業の価格決定力・価格調整力を上げることが重要だと感じています。

また、しわ寄せなき改革を実現することも重要です。サプライチェーンを構成する全ての人たちが、欠かすことのできないパートナーです。今は国土交通省をはじめとする発注者やゼネコンも、パートナーシップでものを作っていくことを明確に打ち出しています。そういった点をもっと意識すべきでしょう。

発注者と元請け、下請けという業界全体だけではなく、一つの組織内でのしわ寄せを防ぐことも大事です。例えば、若い人の残業を減らして労働環境を改善することは良いことですが、その過程で中間管理職の負担が過度に増えるようでは、若い人は上を目指さなくなります。それでは持続可能な組織になりません。

あるエコノミストが、若年層に手厚く配分することがトレンドになった結果、管理職の負担が増えて、コストパフォーマンスが著しく低下していると指摘していました。若者の管理職離れは必然で、管理職不足は現実的なリスクと警鐘を鳴らしています。若手もベテランも全ての人を大事にする組織を作れるかどうかという点も、大きなポイントになるように思います。

野原: おっしゃる通りで、仕事をする上での制約が多くなると「発注者の言い値で価格が決まる」ことは難しくなり、下請け企業に押し返す力が出てくるかもしれません。建設産業には重層下請けの構造があり、下に行くほど力が弱くなります。中でも一人親方には押し返す力がないことが課題でしたが、需給が締まってくると、こういった点は改善されるのでしょうか。

牧野: 例えば、同じように2024年問題を抱える物流業界では、優秀なドライバーがブラックな企業から離れていく動きがあるそうです。運転技能があれば転職できるので、ドライバーに交渉力があるのかもしれません。

建設産業では地域や技能に縛られる要素もありますので、まったく同じことが起きるとは思いませんが、「しっかりとした処遇や労働環境の会社でなければ働かない」という意識が広がると地殻変動のようなことが起きる可能性があります。

ある建設会社では、外部のコンサルタントを入れて、協力会社との結びつきを強くするためのプランニングに取り組んでいると聞いています。協力会社から選ばれるようにしなければ、5年後、10年後の競争力が揺らぎかねないと危機感を抱く方はいます。より良い関係性を構築しようとする動きに期待したいですね。

橋戸: 既にご指摘がありましたが、人手不足への対応、エンボディドカーボン(※2)の削減、フロントローディング化、物流の話など、設計や生産の話ももちろんですが、建築の価値を建設産業以外の方々も含めて、広く認知してもらうことが重要ではないでしょうか。

例えば、ZEB(※3)認証を取得したオフィスビルを考えた場合、ZEB認証を取得することで賃料が相場より高く設定できると、発注者としても認証を取得する動機付けになると思います。そのために、ZEB認証を取得している建物だから相場より少し高くても入居したいという方々が増えることが理想だと思います。

最近のディベロッパーのテレビCMなどにおいて、地球環境に配慮したグリーンビルディングを押し出すようなPRが積極的になされていると思いますが、そういった取り組みを通して建築の価値を広く認識してもらえると良いのではないでしょか。

また、例えば人手不足だからこそプレキャスト化やデジタル活用といった生産性向上の動機付けが働くという側面もあると思います。私は雑誌を作っているので、問題提起というよりも、その問題を解決するための創意工夫を紹介したいと考えています 。 さらに言えば、そういった創意工夫により、新しい技術や他社との差別化を図り、受注額を維持や増加できると良いと思います。造形的に複雑な建物が増えている印象ですが、そういった造形に対応できる技術を持つ企業は価格交渉においても優位になるのではないでしょうか。

※2 エンボディドカーボン:建物やインフラの建設や改修に際して排出される温室効果ガス量を指す
※3 ZEB:Net Zero Energy Building/ネット・ゼロ・エネルギー・ビルの略称。建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物

野原: 建設や設計には請負契約の場合が多くあります。今おっしゃったようなマーケティングをして、付加価値をエンドユーザーに伝えていくのはなかなか難しいと思われてきました。ただ、請負であっても戦略は立てられるし、できることはあるということですね。