カーエレクトロニクスの後発組の米国メーカーでさえ、アナログメーカーならでは実現できる製品を狙い、参入機会をうかがっている。米Maxim Integratedは、高速データレートのSerDes(直並列変換回路)を使ったADAS(Advanced Driver Assistance System)システムや、デジタルラジオやテレビのモデム機能をソフトウェアだけで変えられるソフトウェア無線(SDR)、スリープモードを駆使するキーレスエントリ、など、すきま市場を狙う。

「クルマのエレクトロニクス化は欧州が一番進んでおり、その次が日本だ。米国のクルマはもっとも遅れている」。こう語るのは、米Maxim Integrated,Automotive Solution GroupマネージングディレクターのKent Robinett氏(図1)。だからと言って、これから成長の見込めるカーエレクトロニクス分野を遠くから眺めているわけにはいかない。だから、同社は欧州を絶えず訪れ、日本にも力を入れる。

図1 米Maxim Integrated,Automotive Solution GroupマネージングディレクターのKent Robinett氏

アナログとミクストシグナル製品が得意なMaximは、自らの得意技術を活かした自動車分野を狙っている。これまでも自動車ECU向けの電源IC(DC-DCコンバータ)やLEDドライバなどの製品を出していた。2014年になり、車載インフォタインメントでビデオなどの高速データを送受信するためのSerDesチップ、バッテリの充放電によるバラつきを整えるバッテリマネジメントシステムIC、キーレスエントリIC、ソフトウェア無線ICなどを発表している。

キーレスエントリに独自の変調方式

このうち、特徴的なキーレスエントリとソフトウェア無線を紹介しよう。キーレスエントリシステムは、手元の電子キーのボタン押してクルマのカギをかけたり外したりする装置。カギ側とクルマ側にそれぞれの送受信チップが必要だ(図2)。さまざまなクルマに付くようになったが、このシステムは性能と信頼性、コストが求められるという。性能とは、クルマのそばまで行かなくてもカギを解除できるように到達距離を確保し、さらにクルマの周囲180度に渡って届くことが要件だ。

図2 キーレスエントリシステム(出典:Maxim Integrated)

カギに搭載するLSIには、1つのアンテナでX、Y、Zの3方向の電波を送受信できるようにアダプティブに向きを調整するためのアルゴリズムにノウハウがあるとする。それを実現するために独自の変調方式を使っているという。

信頼性では、特に携帯電話やディスプレイから発射されるEMI(electromagnetic interference)ノイズの影響を受けないように設計する。

低コスト化では、クルマのアンテナとの関係もあるが、わずか2個のコイルだけで自動車の周りのどこにいても受信できる。外付け部品を減らすためにできるだけ集積化することでコスト削減を図る。また、クルマ側のLSIでは常にある一定の時間間隔で、キーの持ち主を捜している(ポーリング)ため、消費電力の削減は欠かせない。さらに、キー側の電池がなくなった時に充電できるような機能も求められている。

SDRはクルマメーカーにメリット

ソフトウェア無線(Software defined radio)は、カーラジオやテレビのようなエンターテイメントに使われている。米国では車通勤が当たり前なので、クルマで過ごす時間を大切にする。受信放送としては、アナログラジオ、デジタルラジオ、デジタルテレビ、カーナビゲーション、衛星放送など、放送は実に多い。これらすべてを受信しようとするとそれぞれに受信機が必要になるが、それではコストがかかりすぎる。そこで、基本的なハードウェアを変えずにソフトウェアだけで復調機能を変えてすべての放送を満足させようという技術がソフトウェア無線である。

復調にはバタフライ演算やフーリエ変換など演算が欠かせない。このためDSPやFPGA、あるいは専用プロセッサなどを用いて高速に計算する必要がある。こういった演算が得意なプロセッサは、IntelやTexas Instruments、NVIDIAなど演算リッチなマイクロプロセッサを手掛けている半導体メーカーが強い。そこでMaximは、アンテナからRF回路、デジタル変換、デジタルフィルタでデジタル出力までを担当するチップを設計した(図3)。放送電波を受け取りデジタルで出力するというLSI(MAX2173)だ。

図3 Maximのソフトウェア無線対応のRFフロントエンドIC(出典:Maxim Integrated)

このチップ「MAX2173」には、デジタルラジオ方式の欧州規格DAB、韓国の地上波デジタルラジオ・テレビ規格のT-DMB、FM放送、DRM+などの方式にも対応できる。これらの方式のデジタル信号をDSPに送れば、DSPなどのマルチプロセッサは演算に集中できる。MAX2173にはデジタルフィルタも集積しているため、DSPのフィルタ処理が不要になるからだ。

ソフトウェア無線のメリットはクルマメーカーにとっても低コストでグローバル化に対応できることだ。デジタル放送は米国ではATSC、欧州はDAB、日本はISDB-Tなど各地で異なってもソフトウェア無線の受信機が1台あれば世界中にクルマを販売できる。

図4 Maximが想定する将来のインフォテインメントアーキテクチャ(出典:Maxim Integrated)

将来のインフォテインメントでは、各種のソフトウェア無線対応のラジオ/テレビの受信機、汎用のオーディオコーデックやノイズキャンセラ、ナビゲーションプロセッサなどを集積、あるいはモジュールとして搭載したものをMaximは想定している。インタフェースとして、USBやビデオ用のLVDSなどデジタル出力を想定している(図4)。ミクストシグナル技術でカバーできるインフォテインメントのプラットフォームになる。