ドイツのInfineon Technologiesは、TPMS(タイヤ空気圧監視システム)向けの半導体センサICチップで、このほど国内トップであり世界第2位の大手自動車電装品メーカーのデンソーから技術開発賞(Technology Development Award)を受賞した(図1)。外国系半導体メーカーで技術開発賞を受賞したのは同社が初めてだという。
TPMSは90年代初め、米国において走行中にSUV車のタイヤが外れて大きな自動車事故を起こしたことから法制化された。その原因がタイヤだと特定されたわけではないが、この事故をきっかけにより安全にという思いから、米国では2005年から発売される新車に設置されることが義務付けされた。2007年には、重量1万ポンド(4536kg)未満のすべての乗用車と商用車にTPMSセンサを装備することが義務付けられている。
より安全にという方向は米国だけではなく、欧州やアジアでもいずれ同様な扱いをされるようになる。2012年11月に欧州で発売される新モデルのクルマに義務付けされ、14年11月には既存モデルの新車にも義務付けされる予定だという。韓国でも13年から導入され、日本でも16年にはそのようになる見込みのようだ。
国内では2011年、東日本大震災に見舞われ、TPMSどころではなくなった。サプライチェーンを元に戻すことに精いっぱいになり、TPMSを標準装備しようという声がトーンダウンした。それも安全性を求めるというテーマそのものも影が薄くなっている。しかし、世界中のクルマが義務付けされるようになると日本だけ装備しない訳にはいかなくなる。いずれ導入されることは間違いないとみてよいだろう。
TPMSは、タイヤの圧力を常時測定し、圧力が低下するとドライバに無線で知らせるというシステムである。これまでInfineonが2003年に最初のTPMSセンサ製品を出荷して以来、累計出荷数は1億5000万個を超えたという。
デンソーは、TPMSシステムをすでに製品として持っている(関連サイトのリンク先参照)。もともとトヨタ自動車のティア1電装メーカーであったデンソーのトヨタ向けの売上比率は50%程度にまで低下しており、欧州や米州などの自動車メーカーに向けたTPMSシステムの販売などを進めている。今回の技術開発賞の受賞は、InfineonのセンサICが、その品質や性能など技術的な項目に関してデンソーに認められた証といえる。
TPMSは、かつて間接式と呼ばれるシステムで動作していた。これはタイヤの空気圧が減るとタイヤの径が小さくなるため、一定の距離を走るのに必要なタイヤの回転数が増えてくる。この回転数をABSセンサなどで検出、算出することでタイヤ空気圧の低下を知る方法だ。圧力を直接測定していないため精度が低く、測定時間がかかってしまう。このため、米国では法規制が始まった時点で、タイヤの空気圧を圧力センサで直接測る、直接方式が間接式にとって代わるようになってきた。
最新のTPMSセンサIC、SP37シリーズには、MEMSの圧力センサと1チップマイコンなどの信号処理ICを1パッケージ内に搭載している(図2)。MEMSの圧力センサは同社が特許を取得したバルクタイプのMEMSセンサで、劣悪な環境でも高い信頼性を示すという特長がある。特に自動車では路面の状態によって泥や水などがICに入ってくる可能性があるが、こういった応用に強い。塩水や化学薬品にも強いことも大きな特徴だとしている。
クルマの積載重量によって、センサの検出する圧力範囲が変わるため、圧力範囲に応じたセンサ製品をInfineonは用意した。100~450kPaではSP370-25-106-0、100~900kPaだとSP370-25-116-0、100~1300kPaではSP370-23-156-0といった製品がある。
TPMSでは、ボタン電池で10年持たせたいという。このためICチップには消費電力の削減が求められる。例えばクルマが動いていないときは回転していないことを検出してICはスリープモードに入る。センサ部分には圧力センサに加え加速度センサも集積しているため、タイヤが回転し始めるとTPMSシステムが起動する。センサICは一定の時間間隔で圧力を測定、クルマのECUにデータを送信している。送信時の消費電力が最も大きくなるが、消費電流は3Vのリチウムボタン電池で10mA程度だという。デューティ比を小さくするとスリープ期間が長くなるため消費電力を下げることができる。
データを常に送信するのは、TPMSからのデータだけで圧力を判断すると間違える恐れがあるからだ。データを受け取るECUコンピュータが車輪の回転数のデータも考慮に入れ、TPMSセンサからの圧力データを踏まえて総合的にタイヤの空気圧が満たされているかどうかを判断する。
TPMSはセンサICと外付け部品数点を小さなボードに搭載したものである(図3)。TPMSシステムボードは車輪のバルブやタイヤホイールに取り付けたりする。TPMSシステムボードの重量はできるだけ軽い方が望ましい。回転負荷がかかるためだ。ボードの許容重量はわずか20gだという。
Infineonのシステムは、TPMSシステム信号の送信だけではなく、4つのタイヤの内のどのタイヤの空気圧が減少したかを見つけるオートロケーション機能も備えていることも特長だ。ただし、この機能は義務付けられている訳ではないため、大きなコストはかけられない。このため、高級車なら4本のタイヤすべての近くにLF(125kHz)イニシエータを設置してどのタイヤからのデータなのかを識別できるが、大衆車ではそうした機能は搭載されない。対応策として例えば左側の前後輪2本のタイヤの近くにだけ設置するという手を使う。送信電波が飛ぶギリギリの距離に設定しておけば、4本のタイヤを識別できる。センサICに集積されているLFインタフェース回路は、受信信号強度機能(RSSI)を搭載しているため送信信号がどのくらい飛んでいるかを検出するもので、LF回路を使って送信電波の強度を制御する。
クルマの安全という機能は、事故を起こさなければよいというだけの要求であるため、コストは低ければ低いほど望ましい。今後は、イニシエータがなくてもどのタイヤの圧力が低下したのか識別できる技術を開発したい、とインフィニオンテクノロジーズジャパンのオートモーティブ事業本部セーフティ&ヴィークル・ダイナミクスセグメント部長代理の降矢知隆氏(図4)は語る。
さらに、技術的にはより小型化してタイヤに直接設置したり、エネルギーハーベスティングのようなバッテリレスも検討するとしているという。ただし、大きくなりがちなキャパシタをどうするかという問題を解決しなければならない。加えて、2チップ構成ではなくモノリシックな1チップ化、あるいはシートタイプの電池で済ませるなどの手もありうる。ビジネス的にはセンサチップだけを販売することもありうる。これからも取り組むべき課題は多い。