2025年5月に開催されたDSEI Japan展示会については、IHIや三菱重工業の会場装備など、連載「軍事とIT」でいろいろな話を取り上げた。しかし、こちらの連載でもひとつ取り上げてみようと考えた。お題は、第69回で初めて取り上げて、その後の第437回でも言及した、テイルシッターである。。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照
ANCILLARYは研究計画だったが、実用機も出てきた
第69回や第437回で書いた話の繰り返しになってしまうが、テイルシッターは頭(機首)を真上に向けた状態で離着陸するタイプのVTOL(Vertical Take-Off and Landing)機である。有人機だと「パイロットは離着陸の際に、どうやって地面を見ながら操縦すればいいんだ」という問題が不可避だが、無人機ならパイロットは機上にいないのだから関係ない。
ということで、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)では、ANCILLARY(AdvaNced airCraft Infrastructure-Less Launch And RecoverY)という実験機(Xプレーン)の計画を立ち上げた。「艦上の狭い空きスペースでも運用できる無人機の実現」が狙いである。
ところがそうこういっていたら、別のところから実用機が出てきてしまった。それが2機種もDSEI Japanに登場したのだから、放ってはおけない。しかもそのうち片方は、2025年5月にシンガポールで開催されたIMDEX Asia展示会にも登場していた。
この2機種、狙いは同じなのに機体構成が違うのだから面白い。
基本的な考え方は共通
どちらの機体も、基本的な考え方は共通している。円筒形の胴体に、推進力を発揮するための動力源とプロペラ、それとセンサー・ペイロードを組み込む。離着陸のとき以外は水平飛行を行うから、普通の固定翼機と同様に主翼を生やしており、可動式の操縦翼面も付いている。
水平飛行と離着陸で、それぞれ異なる動力源や推進装置を備えるのでは、場所も重量も食ってしまう。しかしテイルシッターなら、機体が上を向いていれば「主翼の揚力に頼らずに機体を支える力」になるし、水平飛行中は「推進力の源」になる。
VTOL機はみんなそうだが、水平飛行と垂直離着陸の飛行状態を切り替える際の「遷移飛行」が、いちばん制御が難しそうなところである。
エアバス・ヘリコプターズの「フレックスローター」
エアバス・ヘリコプターズがDSEI Japanに持ち込んだテイルシッター型VTOL UAVは「フレックスローター」。今は同社の製品になっているが、もともとはアメリカのAerovelという会社の製品。同社をエアバス・ヘリコプターズが買収して傘下に収めるとともに、自社の製品ラインに組み入れた。
エアバス・ヘリコプターズにはもともと、VSR700という無人ヘリコプターがあり、これもDSEI Japanに持ち込まれた。つまり同社は、タイプが異なる2種類のVTOL型UAVを用意したことになる。
これまで、水上艦のヘリ発着甲板から運用するUAVというと回転翼機が主流で、中でもシーベル・エアクラフトのカムコプターS-100が人気だ。そこにVSR700とフレックスローターで割って入ろうという話になる。
そして、このフレックスローター。2025年5月に仏海軍の警備艦を用いて、艦上運用のための実証試験を実施している。シンガポールでは、このフレックスローターを、同国空軍のH225Mヘリコプターと組ませる構想を持っている。
(地上に立てたときの)全高2m、翼幅3m、重量25kg(55lb)。ペイロードは8kgで、電子光学/赤外線センサーなどの搭載が可能とされる。動力源は排気量28ccの2サイクル・エンジン、航続時間12~24時間。ダッシュ速度は140km/h。
そのエンジンで駆動するプロペラを、機首に近いところに設置しているのがフレックスローターの特徴。つまり水平飛行中は牽引式(トラクター式)になる。プロペラの羽根は2枚で、正確なサイズは分からないが、直径はけっこう大きい。つまり「大きな羽根をゆっくり回す」設計といえる。
そしてこの機体、3.7m四方のスペースがあれば運用できると説明されている。
シールドAIの「V-BAT」
一方、米陸海軍に加えて海上自衛隊でも導入を決めているのが、シールドAIの「V-BAT」。最大離陸重量57kg(126lb)、(地上に立てたときの)全高2.74m、翼幅2.96m。つまりフレックスローターよりも大きく重いが、翼幅は似たり寄ったり。
3.6m四方のスペースがあれば運用できるとされているので、これもまた、フレックスローターと似たり寄ったりということになる。また、最大速力は157km/hというから、これもフレックスローターと似たり寄ったり。
そのV-BATはプロペラを尾部に設置しており、ダクトで囲ったダクテッドファンになっている。よって直径は小さく、「小さな羽根を早く回す」設計となっている。プロペラが尾部にあるから、水平飛行中は推進式(プッシャー式)ということになる。
同じ目的に異なるアプローチ
こうして見ると、全高や重量には差があるが、フレックスローターとV-BATはいずれも、同じぐらいのスペースがあれば運用できて、同じような速力で飛行できるのだと分かる。
ちなみに、VSR700は最大離陸重量700kg(1,543lb)、ペイロード100kg(220lb)、全長6.2m。カムコプターS-100は全長3.11m、最大離陸重量200kg(441lb)、ペイロード50kg(110lb)。どちらにしても、フレックスローターやV-BATと比べるとスケールが大きい。すると、小型の艦艇や巡視船で運用するなら、フレックスローターやV-BATの方が具合が良いだろう。
フレックスローターやV-BATについて「どちらが優れている」と優劣を付けることは本稿の目的ではない。「艦上の狭いスペースからでも運用できるVTOL UAV」という命題に対して、異なるメーカーが同じテイルシッターという形態を選びつつも、推進系統では異なるアプローチをとっているのが興味深い。と書きたかっただけである。
ただ、大きなプロペラをゆっくり回すフレックスローターの方が、騒音の面ではいくらか有利になるかもしれない。一方で、回転するプロペラが露出しないでダクトに納まっているV-BATの方が安全性の面で有利、という見方もできる。
要は、こうした設計の違いをカスタマーがどう評価して、どの部分を優先するかという話である。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。



