イギリス中部、バーミンガムから少し北西に行ったところに、コスフォード空軍基地があり、そこに英空軍博物館が設けられている。英空軍の博物館だから、英空軍が過去に使用したことがある機体がてんこ盛りだ。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • コスフォードの「英空軍博物館・ミッドランド館」。英空軍博物館はもう一つ、ロンドン北西のヘンドンにもある 撮影:井上孝司

ウェリントンという機体

そこで展示されている機体の一つに、ヴィッカース・ウェリントンB.Xがある。「B.X」とは「B Mk.X」すなわち「10型で爆撃機仕様」という意味になる。この機体、外から見ると普通の双発爆撃機だが、内部構造が普通ではない。

  • 英空軍博物館で展示されているウェリントンB.Xの左側面 撮影:井上孝司

開口の内側に菱形の構造材が見える。これがウェリントンの特徴であるところの「大圏構造」。普通なら前後方向の縦通材と円周方向の部材を組み合わせて、そこに外板を張って機体構造を構成するところだが、この機体はそれぞれ角度が異なる斜め方向の部材を組み合わせて、籠みたいな構造にしている。

「分かっている展示だなあ」と感心したのは、機体の尾部付近に、その構造材のサンプルが置かれていること。それがこちら。おおむね直交する斜め方向の部材を組み合わせて、交差する部分をリベットで固定している様子が分かる。

  • ウェリントンB.Xの後方に置かれている「大圏構造」のサンプル 撮影:井上孝司

  • そこから機体の内部を覗いた様子。手前の方と奥の方で、部材の間隔を変えているように見える 撮影:井上孝司

説明パネルに“STRENGTH WITHOUT WEIGHT”と書かれている通り、「軽くて強固な構造」を目指した結果がこれ。重たくなっても良い航空機というものは世の中に存在しない。

1000形新幹線電車の試作で採用された日立の「X構体」

そういえば。国鉄で1000形新幹線電車を試作したときに、6両編成のB編成のうち1両(4号車の1004)で、日立製作所が提案した「X構体」を採用していた。

これも、普通なら縦方向と横方向の部材を組み合わせて骨組を形作る代わりに、X型の骨組を形作っており、その関係で側窓が四角形ではなく六角形になっていた。製作途上の構体の写真を見ると、側窓と側窓の間に、斜め方向に部材が通っている様子が分かる。

ただし量産車両では、この「X構体」は採用されずに終わった。近年、六角形の側窓というと東武鉄道のN100系「スペーシアX」が登場しているが、これはアルミ押出材のダブルスキン構造で、そこに六角形の開口を切り抜いているから、見た目は似ていても構造はまるで違う。

確かに軽くて強固だったかもしれないが

話を元に戻して。確かに、大圏構造にすることで「軽くて強固」な構造はできたかも知れない。しかし、大圏構造を採用した量産型の爆撃機がウェリントンぐらいしかなかったのも事実。

仕様の面で優れているということと、実用品として優れているということは、一致するとは限らない。なにせウェリントンは爆撃機という「戦の道具」である。戦闘任務に出れば、撃たれて損傷することもある。そうなったときに、大圏構造だと修理が難しくなかっただろうか。

この大圏構造は実のところ、修理だけでなく製造にも手がかかったらしい。戦の道具として考えれば、生産性も無視できない要素である。

なお、ウェリントンの機体表面は布張り(説明パネルでは linen と書かれていた。直訳すると亜麻布だが、実際には羽布)だから、そこに負荷をかけるわけにはいかない。荷重は全面的に大圏構造の骨組で受け持つ必要があった。外板が金属製で、そちらにも荷重を負担させることができるのであれば、違う構造が最適解になってもおかしくない。

たぶん、大圏構造が広まらなかった背景には、そんな事情もあったのではないか。

機体構造の素材も展示している

英空軍博物館の「分かっている」展示の一つが、機体構造で用いられる素材に関する展示。実機を適切な状態で維持・保存することはもちろん大事だけれども、そこで用いられている技術について知ってもらうことも大事だ。

  • スプルース材、合板、アルミ、鋼板、羽布など、航空機の機体構造で用いられるさまざまな素材のサンプルが展示されている 撮影:井上孝司

もちろん、英空軍の博物館だから、“wooden wonder”(驚異の木製機)ことデハビランド・モスキートも展示されている。機体構造が木製だから、貴重な戦略物資であるアルミ合金の消費を抑えられただけでなく、製造や修理に際しては、木工が関わる産業を動員できたという。なんでも、機体の修理に棺桶屋を引っ張り出したことまであったらしい。

なお、屋外展示になるが、ここではアメリカ製のカタリナ飛行艇が展示されている。スウェーデン空軍博物館でもカタリナを見たことがあるが、そちらは屋内展示だった。しかし英空軍博物館では屋外展示。風雨にさらされて傷んでしまう部分も出てくる。その結果がこれ。

  • 英空軍博物館で屋外展示されている、コンソリデーテッドPBYカタリナ飛行艇の操縦翼面 撮影:井上孝司

金属製の機体構造はちゃんとしているが、羽布張りだったと思われる操縦翼面は骨組みしか残っていない。図らずも(?)素材の違い、素材ごとの耐久性・耐候性の違いが分かる格好になっていた。

もっとも、第二次世界大戦中の機体では、「主要構造部は金属製、操縦翼面は羽布張り」はよくある話だったので、カタリナが特別というわけではない。胴体が羽布張りの機体だと、「機関銃で撃たれても弾が突き抜けてしまって大被害にならない」なんていう場面もあったという。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。