何でもそうだが、なにがしかのゆとりを確保しておかないと、後になってスペースが足りなくなって慌てることがある。住宅みたいな「大物」でそんなことになったら大変だ。だからといって、ゆとりをたくさん確保しようとすると、その分だけ経費がかさむ。どの程度のゆとりを見込んでおくかの見極めは、本当に難しい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
余計なものを積めないように小さく作ったら
第371回で紹介したが、ゼネラル・ダイナミクス(現ロッキード・マーティン)のF-16ファイティングファルコン戦闘機はもともと、「軽量戦闘機」というコンセプトでスタートしている。
そして、エンジンはF-15イーグルと同じプラット&ホイットニー製F100の単発、と決めてしまったから、必要とされる性能から逆算すれば、機体の総重量は決まってしまう。後は、その範囲内でなんとかするしかない。
そこで「余計なものを積めないように小さく作った」。ところが、後になってさまざまな追加要求が出てきた結果として、「吊るしもの」や「ひっつきもの」が増えたり、垂直尾翼の基部が膨らんだり、国によっては背中にドーサルスパインがくっついたりした。内部にスペースがないのだから仕方がない。
ただ、「吊るしもの」や「ひっつきもの」や「ドーサルスパイン」で済むぐらいなら、まだマシというもの。もっと派手な(?)事態が起きることもある。たまたましばらく前に、そんな機体の現物に遭遇した。
コメットの 腹が膨れて ニムロッド
場所は、イギリスのコスフォードにある英空軍博物館。ロンドンに近いヘンドンにも英空軍博物館があり、2つの施設で分担するような格好になっている。そのコスフォードで、真っ先にお目にかかる機体がこれ。
これはニムロッドR.1電子偵察機。もともとニムロッドは、デハビランドDH.108コメット旅客機をベースとして対潜哨戒機に仕立て直した機体だが、派生型としてELINT(Electronic Intelligence、電子情報)収集用の機体も作られた。搭載するミッション機材は違うが、どちらにしても胴体の下半分が、えらく膨らんでいる。
幸い、コスフォードにはベースモデルのコメットも収蔵されているので、そちらの写真も御覧いただきたい。コメットは主翼下面と胴体下縁のラインがだいたい揃っているが、ニムロッドの方は胴体下縁が主翼下面のラインからボコンと飛び出している。
なんでも、トライデント旅客機をベースとするHS.800という哨戒機の案があり、それを手直しして下半分に使い、そこにコメットの胴体の上半分をくっつけたという経緯であるらしい。
確かにこれで内部空間が増えて、魚雷や爆雷を搭載する兵器倉を設けるスペースは確保できた。しかし、もともとの機体に十分なスペースがあれば、そんなことはしなくても済んだはず。現にボーイング737を哨戒機に仕立て直したP-8Aポセイドンはそうしている。
もっとも、まだ民間輸送機の「定石」が固まっていない、模索の時代に設計されたコメットに、そこまで要求するのは酷というもの。最初の読みが甘かったと批判するのは当を得ていない。腹が膨れてもなんでも、とにかく実用できる哨戒機を生み出したことを評価するべきであろう。
ちなみにコメットという機体、主翼の付根に組み込んでいるエンジンと干渉するため、主脚を内側に折りたたんで引き込むことができない。そのため、外側に引き上げて収容しているのも面白い。
研究機を実用機に仕立てたら
コスフォードの展示施設はテーマ別に複数あるが、その中で「冷戦期」にフォーカスした建物がいちばん大きい(先のニムロッドの写真で背景に映っている建物だ)。そこで天井から吊るされて展示されているのが、イングリッシュ・エレクトリック製のライトニング戦闘機。
ライトニングというとついて回る話が、「主翼の上に載せた増槽」と「お腹の膨らみ」。どちらにしても事情は同じで、燃料を追加搭載しようと思っても機内に場所がなかったのだ。
そもそもこの機体の発端は、超音速研究機の仕様案「ER.103」にある。1940年代後半の話だから、まず「超音速飛行を実現できる飛行機」を作るのが先決。そこで十分な推力を得るにはエンジン2基が必要となり、それを縦積みにした。
超音速を目指すには、抵抗が少ない方がいいに決まっているから、胴体はギリギリまで絞り込んだ。縦積み配置もそのために選ばれたものだが、おかげでエンジンの取り卸しは面倒になった。
その基本構想がまとまった後で、「ER.103」を基にした迎撃戦闘機を作ることになったから、さあ大変。戦闘機なら兵装やレーダーを積まなければならないし、航続距離も相応に求められる。
しかし、もともと「超音速で飛べる研究機」として目いっぱい絞り込んで作られた機体に、そうそう余裕があろうはずもなく。そこで、胴体下面に燃料収容のための膨らみが張り出したり、主翼の上面に増槽を載せたりという仕儀になった。
腹が膨れたモスキート
コスフォードには、デハビランドDH.98モスキートも展示されている。これは標的曳航型のTT.35で、爆撃機型のB.35から派生したモデル。そのモスキートを見ると、爆弾倉の直前で胴体が少し下に膨らんでいるのが分かる。
モスキートという機体、最初はみんな「木製で丸腰の高速爆撃機」という構想に懐疑的で「お道楽」扱いされていた。ところが完成してみたら、爆撃機としてだけでなく、夜間戦闘機としても使える、戦闘爆撃機にもなる、と八面六臂の大活躍。「脅威の木製機(wooden wonder)」と呼ばれるようになった話は以前にも書いたことがあっただろうか。
「あれもできる、これもできる」となれば「それもやらせてみたらどうか」という話も出てくる。そこで出てきた話のひとつが、4,000ポンド爆弾「クッキー」の搭載。ただ、この爆弾は大きすぎて、基本型モスキートの爆弾倉に収まらない。
そこでやむなく、爆弾倉の扉を少し下に膨らませて収容スペースを確保、それとスムーズにつながるように胴体のラインも変えた。積荷に合わせて腹が膨れてしまったわけである。ちなみに、「クッキー」爆弾もコスフォードに展示されている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。