STEMとは、船の船首部分のこと……ではなくて、Science(科学)、Technology(議事湯津)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)のこと。これら4分野を総称する教育分野をSTEMと呼んでいる。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
航空宇宙・防衛産業とSTEM教育の関係
そのSTEM分野に関する体験や学習を通じて、科学技術分野の人材育成につなげようというのが、STEM教育活動。そして、航空宇宙・防衛産業界の企業がSTEM教育活動を後援したり、自ら協力したりする事例が多い。
これには、国家的な見地からの話だけでなく、業界の将来を委ねる人材を育てていこう、という考えもあるのだろう。よくしたもので、航空機にしろ宇宙機にしろ、さまざまな科学技術の集合体であるし、ことに航空機は身近なところにある。
すると例えば、飛行機やロケットに興味を持ったときに「それはどういう仕組みになっているんだろう?」という話に発展したら、一つの学びのきっかけになり得る。まさに、科学技術について学ぶ格好の教材なのである。
そして日本でも、海外の航空宇宙・防衛関連企業がSTEM教育活動を後援している事例がいくつもある。例えば、ボーイングやノースロップ・グラマンによる取り組みもあるのだが、今回はBAEシステムズとロールス・ロイス、それとロッキード・マーティンの取り組みを紹介してみる。
ロールス・ロイスとBAEシステムズのサイエンスキャンプ
一般に、ロールス・ロイスと聞くと「高級車のメーカー」というイメージがある。実際、「クルマしか思い浮かべてもらえない」と、広報担当者がこぼしていたことがある。
しかし、自動車メーカーの方は現在、独BMWの下に入っており、「ロールス・ロイス・モーター・カーズ」という看板を掲げている。今回、取り上げるのはもう一つのロールス・ロイスで、航空機向けを初めとする各種エンジン、船舶・エネルギー関連機械、そして原子炉といった事業を手掛けている。
そのロールス・ロイスは2017年から日本で「サイエンスキャンプ」を開催している。そこにBAEシステムズも加わり、2024年には両社の共同開催「Rolls-Royce & BAE Systemsサイエンスキャンプ2024」となった。
応募者の中から13校76名の高校生が選ばれて、まず6月のオンライン予選に参加。このときロールス・ロイスは航空機エンジンについて、BAEシステムズは航空機の開発・製造について、それぞれ説明を実施した。
そこで勝ち残ったファイナリストは、8月21~22日に岐阜県立岐阜高等学校で行われた決勝大会に臨んだ。そのときの課題は、「自動制御をプログラムした、小型ホバークラフトの性能の競い合い」であったそうだ。こういうときの課題は「実際に自分で手を動かして作り、参加できるもの」でなければ成立しないから、テーマの選定は案外と難しい。
なお、2日目には川崎重工業と航空自衛隊の協力により、工場や運用現場の見学が行われたとのこと。筆者自身もかつて(1988年の話である)、川重の岐阜工場を見学させてもらった経験がある。当時はまだP-3C哨戒機やF-15J戦闘機の生産が真っ盛りで、川重が分担生産していたF-15Jの主翼が置かれた現場も目にした。
何でもそうだが、新しいモノが作り出される現場というのは見ていてエキサイティングだ。そういう体験を通じて、エンジニアを目指す人が出てきてくれれば……という話になろう。
ロッキード・マーティンが協賛するGRC
もう一つ、ロッキード・マーティンが協賛している「Girls Rocketry Challenge」(略して)GRCを紹介する。2018年からプログラムのサポーターとして千葉工業大学が加わっている。
これが始まったのは2016年10月のことで、2024年には第8期を実施した。ただし2020年のみ、COVID-19の影響から実施は見送られた。
モデルロケットは、火薬を動力源とする小さなロケットを作って、それを実際に打ち上げるもの。アメリカではSTEM教育の教材として、広く取り入れられているそうだ。参加者はチームを組んで、そのモデルロケットの製作に取り組む。
そこで、任命式や第4級ライセンス講習会に始まり、モデルロケット全国大会の見学、打ち上げ会、そして最終的にはモデルロケット全国大会に出場する。
GRCでは、「学校で学んだ知識を、教室外の環境で応用するためにモデルロケットを活用して、女子学生がSTEM分野においてそれぞれの好奇心を追及できるようサポートする」との旗印を掲げている。
何でもそうだが、知識を身につけるだけでなく、実際に現物を触ったり、作ってみたりすることで、より深みが増す。GRCのキモも、実際にモデルロケットを作って飛ばすところにあるといえる。
STEM教育がもたらす成果とは
飛行機でもロケットでもコンピュータ・プログラムでもそうだが、自分が実際に作ったモノが動くのを初めて見たときには、すごい達成感を感じるのではないだろうか。それが重要なのだと思う。
そして、実際にモノを触ったり作ったりする過程で仕組みについて知ることができれば、その対象物はもはや「得体の知れない、謎のブラックボックス」ではなくなる。
ただ単に「勉強しなければ」という場面も発生するのは仕方ない。しかし、「自分が好きな何か、興味の対象となる何か」を媒介にする機会があれば、勉強するにも張り合いが出てこようというものだ。
すると例えば「飛行機は石油燃料をこんな風にして推進力に変えているんだ」という理解ができて、珍説にだまされるようなこともなくなるだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。