いよいよ春の大型連休。読者の皆さんの中にも、飛行機で遠出をする、中には海外に、という方もいらっしゃるのではないだろうか。そこで今回は進行中のテーマをお休みして、空港の情報インフラに関する話を取り上げてみたい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
成田空港に導入する「CUPPS」とは?
4月17日に、「RTX、成田空港における旅客サービス改善業務を受注」というニュースがあった。この趣旨は、RTX傘下のコリンズ・エアロスペース(かつてのロックウェル・コリンズという名称の方がなじみ深いかもしれない)が、成田空港に「CUPPS(Common-Use Passenger Processing System、共用旅客処理システム)」を導入するというもの。
空港では、さまざまな情報システムが稼働している。チェックインや搭乗券の発行、手荷物の預け入れとバゲージタグの発行、搭乗ゲートにおける搭乗券の確認。さらに、空港の機能として、ディスプレイ画面やWebサイトを通じたフライト情報の提供もある。
このうち旅客に関わるシステムは、一般的には個々のエアラインがそれぞれ、自前のシステムを設置するものである。エアラインA社のチェックイン機とB社のチェックイン機は別に設置するものであり、搭乗ゲートに設置する改札機も同様。日本国内の空港で国内線の乗り場を見ると、搭乗ゲートはエアラインごとに分けていることが多い。ときどき、ひとつのゲートに複数社の改札機が並んでいることもある。
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羽田空港の国際線ターミナル(第3ターミナル)で。普通、どこのエアラインはどこのチェックインカウンター、と固定的に決まっている 撮影:井上孝司
ところがそうなると、便数が少ない空港でも、個々のエアラインが同じようなハードウェアを、同じようなシステムを、並べて設置することになりかねない。いささか不経済な話ではある。
また、多くのエアラインが乗り入れている大空港では、リソースの最適配分という問題が出てくる。発着便の数やタイミングの違いにより、ある時点でA社はチェックインカウンターに待ち行列、隣のB社のチェックインカウンターは非稼働。そんなことも起きる。搭乗ゲートについても、同じようなことは起こり得る。
それを解決する手段として考え出されたのが、CUPPS。エアラインごとにシステムを持つ代わりに共有化して、必要に応じて使い分けるというものだ。
「ARINC cMUSE」と「ARINC SelfServ」
そうしたCUPPSソリューションの一つに、コリンズ・エアロスペースが手掛ける「ARINC cMUSE」がある。MUSEは “Multi-User System Environment” の略だ。成田空港で導入するのもこれである。
ARINC cMUSEをはじめとするコリンズ・エアロスペースの旅客処理システムは、すでに200以上の空港で導入実績がある。例えば、ダラス・フォートワース国際空港(DFW)、ロンドンのヒースロー空港(LHR)、ニューヨークのジョン F.ケネディ空港(JFK)、ドバイ国際空港(DXB)、ロサンゼルス国際空港(LAX)などで使われているそうだ。
ARINC cMUSEは「共有」システムであるから、個々のエアラインに、それぞれ専用のチェックインカウンターや搭乗ゲートをアサインしなければならないとは限らない。一つのチェックインカウンターや搭乗ゲートを複数のエアラインが共有して、時間帯や混雑状況に合わせて使い分けることもできる理屈となる。
つまり、空港側が出発便の多寡に応じてチェックインカウンターや搭乗ゲートを各エアラインに柔軟に割り当てられるようにする仕組みを、ARINC cMUSEのようなシステムが実現する。リソースの有効活用が容易になるし、ゲートの変更が必要になっても対応しやすい。
有人カウンターに限った話ではない。自動チェックイン機も共有化できる。それが共用自動チェックイン機(CUSS : Common Use Self Service)で、成田空港では「ARINC SelfServ」を導入する。これもまた、共有化することでリソースの柔軟な配分が可能になる。
もちろん、共有といってもそれは空港内のハードウェアに限った話で、使用する際にはそれぞれのエアラインが持つシステムと接続することになるのだろう。メーカーとしては、それを安全かつ確実に実現できる仕組みを構築するところが重要になる。
「ARINC cMUSE」で面白いのは、オンプレミスでシステムを構築するだけでなく、一部あるいはすべてをクラウド化する選択肢もあること。そのためコリンズ・エアロスペースは、AWS(Amazon Web Services)と組んでいる。大きな空港で柔軟性やスケーラビリティのためにクラウド化するだけでなく、小さな空港で自前の情報インフラを最小化するためにクラウド化する使い方もあるだろうか?
その他のソリューションいろいろ
コリンズ・エアロスペースが手掛けるその他のソリューションとしては、例えばフライト情報を提供する「ARINC AirVue」FIDS(Flight Information Display System)がある。多数のエアラインが発着する空港では、フライト情報の出所も多岐にわたるから、それを整理統合して提示するシステムは欠かせない。
ちなみに「ARINC AirVue」では、情報表示の手段としてRaspberry Piのような小型デバイスでも使えるのだそうだ。
しばらく前に、コリンズ・エアロスペースがFlightAwareを買収したと聞いて奇異な感じがした。しかし実は、統合化されたフライト情報提供のインフラにすることを考えれば、理に適った話であった。
それに、FlightAwareから得られるフライト情報は、空港内におけるCUPPSやCUSSの割り当てを決めたり、変更したりする際のベースにもなるだろう。あるフライトの到着遅延に関する情報を迅速に得られれば、見込み到着時刻に合わせて、空いているゲートを探して割り当てるのが容易になる。これが出発便の遅延なら、搭乗ゲートだけでなく、チェックインカウンターやチェックイン機の割り当ても必要になる。
ついでに余談
なぜか筆者は旭川空港をよく利用するのだが、その旭川空港でしばらく前に、搭乗ゲートの改札機が新しくなった。調べてみたら、ANAが「非対面・非接触での通過が可能になる新しい改札機」としてWebサイトに写真を載せているものだ。
しかし、筆者が利用しているのはJALである。してみると、JALとANAでそれぞれ自前の改札機を導入する代わりに、一つの改札機でANAとJALのどちらも対応できるようにしたということであろう。改札機がどんな種類でも、乗る立場からすれば関係ない話である。
ただし、改札機がエアラインごとの専用機ではなくなった結果なのか、「マイレージ上級会員が改札機を通過したときには、平会員とは違う音を鳴らす」という仕掛けは実装しなくなったようだ。
※ARINC cMUSE、ARINC SelfServ、ARINC AirVueはコリンズ・エアロスペースの登録商標
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。