航空機とセンサーについて、10回にわたり紹介してきたが、これまで取り上げた、各種の航空機搭載センサーはいずれも、機体に取り付けて使うものだった。たいていの場合にはそれで用が足りるが、たまに例外が発生する。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
MADはとても鋭敏
その一つがMAD(Magnetic Anomaly Detector)。字義通りに解釈すると「磁場の変動を検知する機器」というぐらいの意味になる。そして機能もその通りだ。いったい何のために使用するのか。
それが潜水艦の探知。若干の例外があるが、潜水艦とは要するに「海中をウロウロする、巨大な鉄の塊」である。そして鉄の塊だから、当然ながら磁気の影響を受ける。もしも、その潜水艦の船体が磁気を帯びれば、潜水艦がいるときといないときとで、磁場の状況に変化が生じるはずだ。
それを検出することで潜水艦の有無を調べるのがMADの仕事。しかし、巨大とはいえ海中にいる相手が引き起こす磁場の変動は、比較的、微弱になるだろうと想像できる。すると、MADは微小な磁場の変動を検出できなければ仕事にならない。
ところが、微小な磁場の変動を検出できるようになれば、それは違う課題を生み出す。潜水艦以外にも、磁場の変動を発生する原因はあるわけで、そちらにも影響されてしまうのだ。MADはいちいち磁気の発生源を区別してくれない。
対潜哨戒機の代名詞、P-3オライオンの場合
ともあれ、MADを搭載する航空機といえば対潜哨戒機。そして対潜哨戒機の代名詞といえばP-3オライオンだ。
そのP-3のフライトマニュアルを調べてみると、次のような注意書きがある。
- 自機が旋回しただけでもMADが作動して、表示器の針が振れてしまう
- 十分に離れたところで旋回を済ませて、針路を安定させてから、敵潜がいるはずの海面に向けて一直線に進入するように
- 手前に他の水上艦や船舶がいると、先にそちらに反応してしまい、肝心の潜水艦を探知できなくなる。そのため、誰も海面上にいない方向から進入すること
MADは機体から離して使う
そもそも、最も手近なところにいる「MADを搭載する機体そのもの」が問題になる。機体構造こそアルミ合金製だが、磁気の発生源になるようなもの、あるいはそれ以外でMADに影響しそうなものが皆無とはいかないだろう。
だから、MADを胴体の中央や機首、あるいは主翼に設置するなど「とんでもない」話。なるべく機体から離れた場所に置きたい。そこで、P-3では冒頭の写真にあるように、尾部から突き出す形でMADを設置している。海上自衛隊がP-3Cの後継として導入したP-1も同じだ。
一方、面白いことをしているのがロシアのツポレフTu-142で、なんと垂直尾翼の先端にMADを付けている。確かに胴体からはもっとも離れた場所だが、ソ連的ユニークさの発露と思われそうではある。
P-3やTu-142のように、比較的大きい機体はまだいいが、問題は空母に載せる小型の対潜哨戒機。全長が、空母が備えるエレベーター(飛行甲板と格納庫甲板の間の行き来に使う)のサイズに制約されるから、尾部にMADを突き出して設置するなんて真似はできない。
そこで、米海軍が使用していた空母搭載用の対潜哨戒機は、S-2トラッカーも、後継のS-3バイキングも、MADを収納式にした。普段は胴体内部に引っ込めておいて、使用するときだけ後方に向けてニューンと突き出させる。用が済んだら、また引っ込める。
MADを何かにぶつけて壊す気遣いは少なくなりそうだが、胴体内に収容スペースを設けなければならないし、伸縮のためのメカも要る。そして、後方に向けて突き出したMADブームは胴体側の一点で安定して支えなければならない。つまり構造的にきつい。
とはいえ、他に選択肢がないので、S-3はS-2と同様に、伸縮式MADブームを組み込むやり方を踏襲したわけだ。
ちなみにS-2の時代にはソナーの技術が進んでいなかったので、MADスイープといって、複数機が並んで飛びながら、床に雑巾がけをする要領で低空を飛び回る戦術があったそうだ。編隊内の誰かが備えるMADでひっかけてくれればめっけもの、というわけ。
ヘリコプターは曳航式
対潜哨戒機というと、固定翼機だけではない。むしろ数が多いのはヘリコプターかもしれない。では、ヘリコプターにMADを載せる事例はあるかというと、ある。米海軍が過去に使用していたSH-60Bや、海上自衛隊のSH-60J/Kなどがそれ。
これらの機体では、胴体の右舷側に張り出しを設けて、MADを吊るしている。ただし使用するときには切り離して、ケーブルを繰り出して後方に曳航する。MADの後方には漏斗型の穴開き構造物が付いていて、これが風を受けて浮揚力を発揮してくれるので、MADは下に垂れ下がることなく、後方に曳航される。
この方法なら、ケーブルの長さが許す範囲でMADを機体から離せるので、実は固定翼機より有利かもしれない。それに、低空を這いずり回って潜水艦を捜索するにはヘリコプターの方が好都合だ。
ただし航続距離が短いから、進出可能距離やオンステーション時間は短くなってしまう。そのため、固定翼の対潜哨戒機は要りません、というわけにも行かないようだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。