今回のお題は前回に引き続き「燃料補給」。普通、燃料補給は地上あるいは艦上に降りた機体に対して行う。もっとも、空中給油というものもあり、飛んでいる機体に対して、空中給油機から燃料を送り込む手法も(軍用機の分野では)広く用いられている。連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
ホバリングしているヘリコプターに給油
ところがヘリコプターの場合、もう一つの燃料補給がある。それが、ホバリングしているヘリコプターに対する給油。米海軍の水上戦闘艦が、搭載するヘリコプターに対して多用している方法で、HIFR(Helicopter In-Flight Refueling)と称する。その模様を撮影した写真が以下のもの。
もっとも、厳密にいうと艦は停止していないから、ヘリコプターは艦との相対位置を保つために、艦と同じ針路・同じ速力でゆっくり飛行することになる。艦とヘリコプターの相対位置からすれば「ホバリング」で間違っていないが、地球から見た絶対位置からすれば「ホバリング」とはいえないことになる。
閑話休題。米海軍の艦載ヘリコプターは空中受油プローブを備えていない。だから、米空軍の特殊作戦ヘリコプターや救難ヘリコプターがやっているように、空中給油機から空中受油プローブを通じて燃料を受け取ることはできない。では、どうやって給油を行うのか。
HIFRを行う際には、まずヘリコプターが艦の後方から接近して、搭乗員が艦側で待機している給油要員のところに索を投げる。それを受け取った艦側の給油要員は、索に給油ホースをつなぐ。そして索を巻き上げると、給油ホースが機体のところまで届くので、それを給油口に接続する。これで燃料の補給が可能になる。
給油が終わったら、給油ホースを給油口から切り離して、索をたぐり出す。これで給油ホースを艦上に降ろせるので、給油ホースから索を切り離してヘリの機内に回収すればHIFRは終了となる。
なぜ艦上に降ろさないのか
一般的な空中給油と異なり、HIFRでは “母艦” が目の前にいる。それなら普通に艦上に降ろして燃料補給すればいいのではないか、と思いそうになる。わざわざHIFRを行うのは相応の理由があるはずだ。
水上戦闘艦に搭載するヘリコプターの主な任務として、対潜哨戒がある。すると、「潜水艦を探知して狩りたてている最中に、燃料の残量が怪しくなってきた。兵装やソノブイはまだ残っているが、燃料は補給したい。しかも潜水艦を狩りたてている最中だから、なるべく迅速に任務に戻りたい」なんていう場面もあり得よう。そこでHIFRを実施するようである。
つまり、足りないのは燃料だけだから、それを急いで補充したいという場面。地上や艦上に降りるわけではないので、これをターンアラウンドタイムの短縮事例に含めてよいのかというと、異議が出そうではある。しかし、「急いで燃料を補給して任務に戻したい」という考え方からすれば、これは紛れもなくターンアラウンドタイムの短縮といえる。
もっとも搭乗員にしてみれば、HIFRを行うということは、進行中の飛行任務が数時間ばかり延長されることを意味する。そこは正直な話、「しんどいなあ」と思うものかも知れない。
電動式になったらどうするの?
話は変わって。
前回と今回、ターンアラウンドタイム短縮のためには、燃料補給にかかる時間も問題になる、という話を書いてきた。すると、電動式の機体ではどういうことになるのだろうか。
電動式の機体では、燃料の代わりに蓄電池をエネルギー供給源としている。だから、燃料を補給する代わりに蓄電池を充電する作業が必要になる。そこで問題になるのは当然ながら、蓄電池の充電時間である。
充電に時間がかかるせいでターンアラウンドタイムが伸びました、なんていうことになれば、機材の可動率が低下してしまう。民航機であれば収支に響くし、軍用機であれば任務遂行のために余分な機体を必要とすることになる。
カメラやパソコンみたいに、充電済みの予備蓄電池を用意しておいて、機体が到着したら直ちにすげ替える方法も考えられる。小型の電動式無人機であれば、実際、そういう方法を用いる機体はありそうだ。
しかしこの方法には、蓄電池の取得・更新にかかる経費が上積みされる問題がある。また、蓄電池を容易に脱着できる設計にしなければならないので、機体を設計する側の仕事が増える。
電動式航空機の話はボチボチと出てきているが、このターンアラウンドタイムの問題に対してどういう解決策を用意してくるのか。ちょっと興味があるところだ。もしかすると「ターンアラウンドタイムなんて知ったことか」となる事例もあるかもしれないが。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。