前回、ターンアラウンドタイムの短縮にまつわる概論みたいなことを書いた。そして、戦闘機の分野におけるターンアラウンドタイムの短縮といえば、やはりサーブの戦闘機を取り上げないわけにはいかない。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • サーブJAS39グリペン。これは現行モデルのC型 撮影:井上孝司

分散運用コンセプト「BAS90」

スウェーデンの戦闘機については、「有事の際には常設の空軍基地に頼らずに道路を利用した分散運用を実施」「そのためには短距離離着陸性能が必要」といった話がさんざん書かれている。そうした分散運用コンセプトは1950年代あたりからすでにあり、「BAS60」や「BAS90」といった名前がつけられていた。

ところが、短距離離着陸性能以外のところでどんな工夫がなされていたか、という話になると、途端に情報量が減ってしまう。「それなら、ちょっと調べてみようではないか」というのが、本稿を書いた理由。

戦闘機を分散運用するのは、前回にも書いたように、敵に捕捉されにくくする狙いがあるはずだ。少数のグループに分かれる方が目立ちにくい。そして、事前に用意してある地下格納庫、あるいは森林の中に機体を隠蔽する。

これは、貴重な戦闘機戦力を、できるだけすり減らさないようにするための工夫だが、それだけでは戦の道具としては不十分。数少ない戦闘機戦力を最大限に活用することも考えないといけない。そして前回に書いたように、機敏に動き回りながらゲリラ的に航空戦を展開しようとする観点からいっても、地上に留まっている時間は短くしたい。

ということで出てくるのが、ターンアラウンドタイムの短縮。つまり、任務飛行を終えて地上に戻ってきた戦闘機を、迅速に再出撃できるようにするということ。

その際には、機体の点検整備に加えて、燃料・兵装の再搭載が必要になる。サーブが公開している動画を見ると、JAS39グリペンでは「テクニシャン1名と整備員5名で、空対空戦闘装備なら10分間で再発進可能」と謳っている。

  • これもJAS39Cグリペン。目線の高さで撮影しており、右手にいる人物との比較でも、地上に立った状態でのアクセスが良いと分かる 撮影:井上孝司

どうすればターンアラウンドタイムを短縮できるか

ターンアラウンドタイムを短縮するには、まず機体側での工夫が求められる。再発進準備の際にアクセスしなければならない部位があったときに、いちいち作業台や車両などを持って来なければならないのでは、それだけで余計な時間がかかる。地上に立った状態で、必要なところにすべてアクセスできるのが理想。

次に、地上側で使う支援機材を最小化したい。エンジンを始動するのに、始動車を持ってきて圧縮空気を供給する代わりに機体にスターターを内蔵するとか、搭載システムの動作をチェックするために自己診断システムを用意するとかいう手法がそれ。

予備部品や兵装を積む車両、燃料補給のための給油車は不可欠だが、それらはみんな自走できるようにして、用が済んだらサッと移動する。

JAS39グリペンのアクセスパネルの仕組み

そして、調べていたら出てきた話が機体のアクセスパネル。開閉に際していちいち工具を必要とすると、手間が増える。F-35みたいに、ラチェット止めにするのも一案だが、これとて開閉用の工具は要る。

ところがJAS39グリペンの場合、頻繁に開閉するアクセスパネルは押しボタンでラチェットを開放できる仕組みになっている。これには、冬場、手袋をした状態でも容易に開けられるという意味もある。そこでスウェーデンに行ったとき、博物館に展示されている実機の写真を撮ってきた。

  • JAS39グリペンの胴体右側面。一部のアクセスパネルで、丸い開閉用押しボタンが並んでいる様子が分かる 撮影:井上孝司

また、開閉が必要になるアクセスパネルを近接配置することで、「移動のムダ」を省いているのだという。

兵装を搭載する際の工夫

翼下パイロンに兵装を搭載する際、赤外線誘導の空対空ミサイルぐらいなら軽いから、人力で持ち上げてレールにセットできる。しかし、レーダー誘導の空対空ミサイル、あるいは空対地・空対艦ミサイルになると、腕力では無理。

そこで、ドリーに載せた兵装を機体の下に持ってきて、ワイヤーと巻上げ機で吊り上げる。この巻上げ機は、兵装搭載だけでなくエンジン換装にも使える設計だという。

さらに、兵装ごとに安全ピンを抜き取るのでは時間がかかるから、代わりにマスター・アーム・スイッチを用いて、まとめて「使用可能」状態に切り替える。

地上での取り回し

あと、地上での取り回し。いちいち牽引車がなければ機体を動かせないのでは面倒だ。着陸した機体が自力で向きを変えて、ランプアウトできる向きに駐められれば手間が省ける。

面白いのがサーブ37ビゲンで、スラストリバーサ(逆推力装置)を用いて、狭いスペースでクルンと向きを変えてしまう。これは実際にデモを見たことがある。ただしグリペンはスラストリバーサがないので、この手は使えない。

  • 短距離着陸~方向転換~短距離離陸をデモするサーブ37ビゲン。これは見モノであった。Youtubeで「Saab Viggen turnaround」とキーワード指定して動画を探すと、いろいろ出てくる 撮影:井上孝司

数字に現れない性能

戦闘機の性能というと、速度とか兵装搭載量とか航続距離とかいった、数字に現れる部分に目が行きやすい。それは無理もないが、ターンアラウンドタイムの短縮みたいな「数字に現れない性能」に目を向けてみることも重要だ。

ただしこういう話は、まず「戦闘機をこんな風に運用する」という理念が明確に存在しないと始まらない。単に「性能がいい戦闘機が欲しい」だけだと、なかなかこういうところまでは気が回らないか、後回しになってしまうのではないか。

もちろん、サーブの戦闘機はスウェーデン空軍の「航空戦の思想」に沿って作られているから、それをそのまま日本に持ってきて通用するかどうかは、また別の問題。

ただ、「航空戦の思想」を起点として、そこで何が必要か、何が足りないかを認識した上で技術者が工夫をこらす。そういうプロセスには学べるものがあると思っている。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。