第394回で、ロールス・ロイスがエンジン整備においてデジタル・ツインを活用した寿命予察に取り組んでいるという話を取り上げた。これがうまく機能すれば、「いまの運用状況からすると、そろそろ○○のパーツが寿命を迎えると思われるので交換しよう」といった話を実現できると期待できる。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
JALがコリンズ・エアロスペースのAscentiaを導入
といっていたら、6月のパリ航空ショーに合わせて、RTX(旧レイセオン・テクノロジーズ)傘下のコリンズ・エアロスペースが、日本航空による同社ソリューションの導入について発表していた。
これはAscentiaといい、クラウド・ベースで動作する。データ分析と機械学習(ML : Machine Learning)の活用により、整備業務の改善と機体の信頼性改善を実現するとの触れ込み。具体的には、機体の飛行状況に関するデータと整備記録を解析して、「そろそろこの辺の整備が必要ですよ」と勧告してくれる、そういうシステムである。
すでに、複数の海外エアラインでAscentiaを導入した実績があるそうだ。コリンズ・エアロスペースでは「Ascentiaの導入により、信頼性の改善と、予定外の整備にかかるコスト20%の低減を実現した」としている。
そして日本航空では、このソリューションを787を対象として導入する由。内訳は、787-8が30機、787-9が22機の合計52機。787における実績次第で、他の機体にも対象を拡大する腹づもりがあるのだろうか?
JALはボーイングのInsight Acceleratorも導入
同じパリ航空ショーのタイミングで、「日本航空がボーイングのInsight Accelerator予防整備ソリューションを導入する」との話も出てきた。こちらは、人工知能(AI : Artificial Intelligence)と機械学習(ML)を活用して、劣化や不具合の発生を事前に予察するものだという。
うたっていることはAscentia導入と基本的に似ており、こちらは「予定外の整備の低減と、不必要な検査の低減」と説明されている。
TBM(Time-Based Maintenance)では、決まった飛行時間あるいは飛行サイクルごとに整備や部品交換を行っている。すると、「まだ使える部品を交換してしまう」「問題ないのに整備に入ることになって機体が使えなくなる」といった事態も起こり得るが、それを避けられる、という話になろうか。
ボーイングがInsight Acceleratorをリリースしたのは2022年9月のことで、先行してANAが導入していた。ANAがInsight Acceleratorのローンチ・カスタマーだが、JALも開発に協力していた由。そして、Insight Acceleratorのプロトタイプを使って評価を行い、フィードバックを返していたとのこと。
おそらく対象が違う
コリンズ・エアロスペースは、通信機をはじめとする航空電子機器のメーカーである。そしていうまでもなく、ボーイングは機体メーカーである。同じタイミングで異なる2社に対して似たような予防整備ソリューションの話を決めたところからすると、AscentiaとInsight Acceleratorでは、扱う対象が異なるのではないかと推察できる。
同じ部位を扱う、同じようなソリューションを平行導入しても、話がややこしくなるだけだ。機体そのものを対象とする予防整備と、その機体に組み込まれている電子機器を対象とする予防整備、それぞれについて「餅は餅屋」と考える方が筋が通る。
それにソリューションを開発する側としても、自社が手掛けている製品分野でなければ勝手が分からないし、そもそも分析に必要なデータを持っていないだろう。
大事なことだからしつこく書くが、CBM(Condition-Based Maintenance)や予防整備が実用的なものになり、成果を挙げるためには、まず、状況の把握と、機体構造や搭載機器の寿命予察が適切に行えなければならない。そのための手段を開発するには、製品に関する知見と、運用状況や過去の整備実績に関するデータが欠かせない。
そして、運用実績や整備記録、実際の状態データといったものを取り込んで分析に活用できれば、将来的な予察精度の向上を期待できるのではないか。短期間の実績だけで「うまくいった」「うまくいってない」と断じるのではなく、しばらく時間をかけて様子を見ていく必要性があるはずだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。