ボーイングは2023年8月17日に、実証機X-66Aの改造母機となるMD-90(登録記号N931TB)を、カリフォルニア州のパームデールにフェリーしたと発表した(フェリーの実施は2日前の15日)。このMD-90は、まだ素の状態で、これからX-66Aに改造する。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
X-66AのベースはMD-90
X-66Aは、米航空宇宙局(NASA : National Aeronautics and Space Administration)のSFD(Sustainable Flight Demonstrator)計画向け。計画名称通り、いわゆるサステナビリティに関わる案件で、燃料消費とCO2排出を減らした次世代単通路機を念頭に置き、後述するように、新たな構造の主翼を試す。
しかし、技術実証を行うのにゼロから機体を新造していたのでは時間も経費もかかるし、リスクも増えてしまう。だから、この手の機体は可能であれば、既存の機体を改造することが多い。X-66Aもそうなった。
そこで白羽の矢が立った機体は、1998年に製造されたMD-90-30(シリアルナンバー53532、ラインナンバー2253)。完成後、当初は中国北方航空、続いて同社を吸収した中国南方航空で運航していた(当時の登録記号はB-2266)。その後、2012~2020年にかけてデルタ航空で運航していた(当時の登録記号はN962DN)。
デルタ航空で現役を退いた後は、カリフォルニア州のヴィクターヴィルで保管されていた。そして今回、ヴィクターヴィルからパームデールまでフェリー・フライトを実施したわけだ。余談だが、ヴィクターヴィルといえば、日本航空で現役を退いた777-200ERが送り込まれた場所でもある。
キモは遷音速トラス支持翼(TTBW)
そのMD-90をSFDに改造する際のポイントが、遷音速トラス支持翼(TTBW : Transonic Truss-Braced Wing)と呼ばれる主翼。
普通、旅客機の主翼というと片持ち式で、胴体から左右にシュッと伸びているもの。ところが、TTBWは後退角をつけた主翼に対して後下方から、前方上向きのステーを追加して支える点が異なる。ステーは翼端ではなく中間に取り付いているので、上から見たときの平面型は、「前縁を両端から後方に突き出させた菱形構成」という体になる。
また、主翼の取り付け位置が変化する。MD-90はジェット旅客機の通例で低翼配置だが、その元の主翼取付部は前上方向きのステーに明け渡して、もっと前方の胴体上面に主翼を取り付ける。
新しい主翼は、翼幅145ft(約44.2m)。翼幅44.2mといえば、ボーイング757の38.05mを大きく上回り、ボーイング767の47.6mに近い。この翼幅の数字は、単通路機としては突出して広い。MD-90の全幅は32.87mだから、全幅が10m以上も増えることになる。
また、この主翼は一般的な旅客機の主翼と比べると大幅に薄い。しかも翼弦長が短いので、アスペクト比はかなり大きくなるはずだ。薄く細長い主翼で十分な強度を確保するために、後方からステーで支えるようにしたのであろうか。
冒頭の写真にあるように、MD-90はリアエンジンの双発で、後部胴体の左右にエンジンを一つずつ搭載している。しかし、X-66Aではこれを降ろして、主翼にエンジンを取り付ける。このため、前後方向の重量バランスにも変化がが生じるはずだ。MD-90が使用しているV2500エンジンは、1基でだいたい2,400kgぐらいある。
エンジンを前方に移動すれば重心位置は前方に移動する理屈だが、前述のように主翼取り付け位置も前方に移動している。すると、「既存の機体にTTBWを組み合わせて、かつ、構造面の無理が生じないように」という課題と、「縦の静安定性を維持する」という課題を考慮に入れて、X-66Aのレイアウトが決まったのであろうか。
また、リアエンジンのままでは、エンジンの前方に主翼とステーが陣取ることになるため、それを避けたという理由も考えられそうだ。
ところで。普通の片持ち翼なら、主翼に関わる荷重は翼胴結合部に集中するが、TTBWでは主翼と胴体の結合部、それとステーと胴体の結合部(元の翼胴結合部)に分散するように思える。
もう一つ気になるのは、元のMD-90と比べて、X-66Aの想像図では前部胴体が切り詰められるように見えることだが、これは実機が出てこないとなんともいえないだろう。
今後の見通し
X-66Aでは、既存の同種の旅客機と比べて燃料消費とCO2排出量を最大30%減らす効果があるとされる。ただし、これはTTBWだけで実現するわけではなく、エンジンやその他のシステムの改良も含めての数字である点、留意が必要だろう。
SFD計画では、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地内にあるNASAアームストロング飛行研究センターで、2028~2029年にかけて地上試験と飛行試験を行い、2030年代の実用化を目指すとしている。
そしてX-66A計画では、アメリカの大手エアライン5社も参画する。既存の機体と異なる構造・配置の主翼を持つから、地上でのハンドリングに影響が出る可能性も考えられる。それでエアラインからインプットを得ることにしたのであろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。