前回は、壊れた機体の修理ということで、F-16などを例にとり、金属製の機体や複合材料製の機体を修理する話について書いた。今回はその続きである。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

損傷許容設計

構造材を修理する話になると、第244回「航空事故を技術的に考察してみる(16)新たな分野・領域、安全対策」でもちょっと触れたことがある損傷許容設計の話が関わってくる。

この考え方に基づく場合、機体の設計当初から損傷の発生、あるいは損傷の存在を見込んでおく。そして、損傷が発生したときに、ただちに構造が機能を喪失しないように設計する。また、損傷が進展して致命的な状態になる前に、それを発見して修理・交換する体制を作る。そうすれば、機体の信頼性は維持できるというわけだ。

「損傷許容設計」という名前だけ見ると「損傷してもお構いなし」という誤解につながりかねないが、そういう意味ではない。むしろ、損傷が発生しても適切にコントロール・対処する、という考え方というべきか。かえって、設計に際しては十分な知見と緻密さが求められるだろう(そういえば艦艇の分野にも、ダメージ・コントロールという言葉がある)。

この手法が理念通りに機能するためには、損傷が生じた部材の強度評価を正しく行うための破壊力学や,信頼性に関する解析,構造材料の疲労あるいは亀裂の進展に関する特性、損傷を確実に見つけ出すための非破壊検査技術、といった分野の知見が不可欠になる。

ちなみに、疲労破壊による損傷の発生そのものを許さないとする考え方もある。それが安全寿命設計。想定した寿命を通じて疲労破壊が起きないように、十分な余裕を持たせておくとの考え方といえばいいだろうか。ただしこれも、素材や構造の寿命、疲労破壊に関する知見が十分にそろわなければ成立しない。

軍用機の戦闘損傷修理

平時ならまだしも戦時になると、壊される場面が常態化するのが軍用機。その辺の事情は、民間機とはだいぶ違う。すると軍用機の設計に際しては、戦闘損傷の修理を容易に行えるかどうか、という視点が入ってくるのではないか。損傷が発生することが前提、といいかえてもいい。

  • 派遣先のクウェートで、強風に見舞われて、機体を収容していたサンシェードが壊された。その結果、内部に収容していたF-16も被害を受けたが、修理して飛行に復帰したそうだ 写真:USAF

例えば、胴体でも主翼でもいいが、広い範囲を一体成形の構造材やパネルにまとめたとする。強度上の隘路になりやすい継目が少なくなり、軽くて丈夫な構造を作るには好ましい。しかし、戦闘損傷の修理という観点から見たらどうだろうか。

主翼が左右まとめて一体成形の炭素繊維複合材料製になっていて、それの一部が損傷したら。もしかすると、どこか端の方にひとつ破損が生じただけで、主翼の総取り替えということになりはしないだろうか。

そういう観点から見て面白いのがA-10攻撃機。低空を飛び回りながら敵の地上軍と交戦する機体だから、対空砲などで撃たれて損傷する場面も多くなると予想されるし、実際、湾岸戦争ではそうなった。

だから、A-10は最初から戦闘損傷修理を重視した設計になっており、エンジン、主脚、垂直尾翼など、可能な範囲で多くの部品を左右共通にした。修理作業そのものが楽になる設計というよりも、修理に必要な部材に困らないようにする設計というべきか。

例えば、右の垂直尾翼で使用する部材が壊れたときに、左右に互換性がない場合と互換性がある場合では、部品の入手性が違ってくる。他の機体から召し上げて共食い整備をやるにしても、左右で同じ部品を使っている方が、具合が良いのではないか。

  • イラク戦争中に、戦闘で損傷したA-10攻撃機を修理している模様。A-10は想定任務の関係から、戦闘被害の修理を行いやすい設計を取り入れている 写真:USAF

少し前に、「任務航海に出ている米空母の艦上で、通常なら陸上で行う規模の機体修理をやってのけた」という話があった。陸上の整備拠点と比べれば、空母の艦上は道具立てが整っていないハンデがある。そこは現場の工夫で乗り切り、必要な資材は本国から急遽、空母まで急送したそうである。

デハビランド・モスキートの損傷修理

最後に、損傷修理ということで “驚異の木製機” (wooden wonder)と呼ばれたデハビランドDH98モスキートに関する笑い話を少々。

なにしろこの機体、機体構造が木製で「貴重なアルミ素材をあまり使わずに済みます」が売り。実はそれが、素材の確保という戦略的観点だけでなく、損傷修理にも効いたらしい。

まだ最初の試作機ができた段階で、官側の審査を受けるためにボスコムダウン基地に機体を持って行ったときのこと。着陸したときに地上に落ちていた木片か何かを跳ね上げて、それが機体にぶつかって穴を開けてしまった。

そこで、穴が開いた部分を合板で塞いで、エゾマツの角材で補強。そのツギ当て状態で審査飛行をやって、審査に合格したのだそうである。

また、修理のためのインフラや資材が整っていない最前線の基地で、葉巻の箱や古い戸棚から持ってきた木材を修理に使ったり、修理作業に棺桶屋を動員したりということもあったそうだ。

このことは、軍用機の戦闘損傷を修理する際に、それに携わる人員や使用する材料の確保がいかに重要か、ということを示しているといえないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。