前回は、2023年6月12日に成田空港に飛来したボーイングの技術実証機「エコデモンストレーター・エクスプローラー」(登録記号N8290V)と、同機を用いて試験が行われたMR-TBO(Multi-Regional Trajectory Based Operation)の概要を取り上げた。今回はこの両者について、もう少し掘り下げてみる。
実機を飛ばしながら架空の状況を付与
MR-TBOの概要については、前回に取り上げたので、興味がある方はそちらを参照されたい。
もちろん、ここに至る前にシミュレーション試験をいろいろ実施していたはずだ。とはいえ、やはり実機を実際に飛ばしてみて初めて分かることはいろいろあるだろう。また、実機を飛ばして実証しなければ、関係各所からの信頼を得るのは難しい。それに多国間の共同案件だから、これも実証が必要になる理由の一つ。
MR-TBOの動作に関する説明は、キャビン側で行われた。機体の飛行経路を表示するディスプレイや、飛行情報などを表示するディスプレイが用意されていたが、これらがキャビン側にあれば、キャビンにいてもMR-TBOの動きを把握できるわけだ。
そこで「エコデモンストレーター・エクスプローラー」を用いて、天候、トラフィックの状況、空域閉鎖といった条件を考慮しながら最適な飛行経路を設定するプロセスを実地に試すことになったわけだ。なお、今回のフライトではSAF(Sustainable Aviation Fuel)の活用もうたっている。
「火山の噴火が発生」という架空の状況で飛行試験を実施
MR-TBOはまだ実験段階だ。そこで今回の飛行試験では、シミュレーションを活用している。例えば、架空の「火山の噴火が発生」という状況を設定して、その情報に基づいて動的に飛行経路を再設定する試験が行われた。
もちろん、現在でも火山の噴火が発生すれば、その情報は航空管制当局に入ってくる。そこから管制官を通じて、該当空域を飛行している各機に情報が伝えられることになる。しかしこれでは、時間がかかるのは否めない。過去には、火山の噴煙に突っ込んでしまったせいで4基のエンジンがすべてフレーム・アウトした事例もあった。
そこで、火山の噴火を観測する気象部門、それと航空管制部門、そして飛行中の機体をデータ通信で結んで、リアルタイムで情報が入ってくるようにしたら? その情報に基づいて、当該空域を飛んでいる機体に対して、危険が予想される空域を回避させる指示を出せたら? しかもその際に、不必要な大回りを避けたり、適切なセパレーションを保ったりできれば理想的ではないか?
それがTBOの狙いであり、さらにそれを国際規模に拡大するのがMR-TBO。SWIM(System Wide Information Management)と呼ばれるサービスを通じて、特定の国の管制機関にとどまらない、グローバルな情報共有を実現する考えだ。
普通なら、針路の変更や高度の変更はいちいち管制官と無線でやりとりして承認をとる必要がある。だが、TBOならそれをデータ通信によって行えるから、管制官やパイロットの負担減少も期待できる。時には、パイロットの側からデータ通信を通じてリクエストを出すようなこともあり得るだろう。
結果として、管制処理の能力を高めるとともに最適経路の飛行を実現したいというわけだ。
試験機らしいポイント
といったところで、MR-TBOの試験に用いられた「エコデモンストレーター・エクスプローラー」である。前回にも言及したように、通常の787-10と比べたときの外観面の違いはわずかだが、機内の様相はだいぶ異なる。
この機体、以前にベトナム航空で使われていたことが判明している。だから機内は基本的に、営業運航に就く機体と同じ仕様のままだ。前方はリバースヘリンボーン配置のビジネスクラス、後方は3-3-3列配置のエコノミークラスというコンフィグで、ギャレーの設備もそのまま。
ところが、試験用の計測装置とおぼしき機器が置かれていたり、床をケーブルが這い回っていたりするあたりは、やはり試験機。営業運航用の機体と違うのは、前回に取り上げた「EXPERIMENTAL」標記だけではないのだ。
2012年から続いている「エコデモンストレーター」
ボーイングは2012年から、「エコデモンストレーター」(ecoDemonstrator)というプログラムを実施している。デモンストレーター(実証機)というと普通、新技術を実機を用いて試すために用いられるものだ。
だから、「エコデモンストレーター」といえば、実機を用いて、環境対策に関わる各種の技術を試すという意味になる。このプログラムを通じて、これまでに約250種類の技術を試したという。
2019~2020年にかけて使用した777-200(登録記号N772ET)は、中国国際航空が使用していた機体。「エコデモンストレーター」を務めた後は、アルタ航空(Alta Airlines)で使われているようだ。
続いて登場した777-200ER(登録記号N861BC)は、シンガポール航空、ニュージーランド航空、スリナム航空とボーイングの間を行ったり来たりしているようだ。N861BCは今年からエコデモンストレーターに復帰しており、19項目の試験を実施する。試験項目の例としてボーイングが挙げているのは、以下のもの。
- 貨物室の壁面パネルに、リサイクルした炭素繊維を40%、生体ベースの原材料から作られた樹脂60%を利用
- 100%のSAFに対応する燃料残量計測用光ファイバー・センサー
- Jeppesen FliteDeck Proが備える機能のひとつである「スマート・エアポート・マップ」を搭載したEFB(Electronic Flight Bag)。安全なタキシングにもつながるとしている。
- 現地で入手可能な最大の混合率を持つSAFの利用
ボーイングでこのほか、航空会社と共同で試験を行うこともある。その一例が、日本航空と組んで実施した「CONTRAILプロジェクト」。このときには、営業運航に供する777-200ER(登録記号JA705J)を用いて、飛行中に外気のCO2濃度を測定する試験を実施した。以下の写真にあるようにCONTRAILは頭文字略語だが、「飛行機雲」にひっかけたのは間違いなかろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『作戦指揮とAI』が刊行された。