航空機は高度化・複雑化が進んでいるメカで、しかも高い安全性が求められる。そこで、個々の搭載機器やパーツに至るまで、どこでどう整備するかが問題になる。本題は二段階整備と三段階整備だが、今回はその話に至るまでの前置きを。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

エンジンの場合

グライダーは話が違うが、普通、航空機はエンジンがなければ飛べない。だからエンジン整備は死活的に重要である。

今では「整備のためにエンジンを降ろす」は当たり前だが、昔は当たり前ではなかった。エンジンを機体に取り付けた状態のままで点検・整備を行う形もあったわけだ。その場合、エンジンの整備が終わるまで、その機体は飛べない。それに、機体に取り付けたままで点検・整備を行おうとすれば、作業性の問題も出てくる。

そこで、予備エンジンを用意しておく。不具合が生じたエンジンを降ろして載せ替えれば、その機体は迅速に運用に戻れるから可動率が向上する。なにも航空機のエンジンに限った話ではなくて、例えば、新幹線電車の台車も同じことをやっている。

  • 三沢基地で、機体から降ろしたF-16用のF110エンジン。三沢基地では、中間整備部門として「エンジン整備班」を置いているという 写真:USAF

降ろしたエンジンはじっくり、時間をかけて整備すれば良い。ただしジェット・エンジンの場合、さらに「圧縮機」「燃焼室」「タービン」といった具合に個別のモジュールに分かれるので、モジュール単位で脱着するプロセスが加わるかもしれない。その場合、外したモジュール単位でバラして整備したり、部品を交換したりする。

ただし、使用するエンジンの機種が多種多様になると、それぞれの機種ごとに予備エンジンや予備部品を持たなければならないので、コストが増える。エンジンの機種統一は、整備や可動率の維持に関わるコストを下げることになる。

また、こうした仕組みが能書き通りに機能するためには、機体からのエンジンの脱着、あるいはエンジンを構成するモジュールの脱着が、どれだけ迅速かつ容易に行えるかどうかに依存する。これもまた「整備性の良し悪し」を構成する要因となる。

  • こちらはアラスカのエイルソン基地で、F110エンジンをバラして整備している現場 写真:USAF

電子機器の場合

では、電子機器はどうか。

第160回で、主として軍用機の電子機器で使われる用語の、LRU(Line Replaceable Unit、列線交換ユニット)とSRU(Shop Replaceable Unit、ショップ交換ユニット)について取り上げた。

LRUとは「機能ごとに分かれた電子機器などのボックス」。たとえばレーダーであれば、「送受信機」「プロセッサ」「電源」といった形で個別のLRUに分ける。そして、LRUのLは列線(ライン)を意味する。

SRUとは「個々のLRUの中に入っている基盤などのパーツ」を指す。機能ごとに異なる回路基板に分けておけば、個別の交換や整備、改良がやりやすい。そして、SRUのSはショップ、すなわち運用者の整備部門を指す。

列線ではLRUの脱着だけを行い、外したLRUは整備部門に送る。こうすれば、機体は迅速に運用に戻れるから可動率が向上する。整備部門ではLRUに対して故障探求を行い、不具合の原因となっているSRUを外して整備済み品と交換する。

先のエンジンの例になぞらえると、LRUはエンジン本体、SRUはエンジンを構成する個々のモジュールに対応する。

  • テキサス州のダイエス基地で、ビデオ・ディスプレイの焦点を調整中。電子機器は小さな回路基板の集合体であり、個別の整備・交換が必要 写真:USAF

どこまで運用現場で整備するか

では、その不具合品のモジュールなりSRUなりはどうするか。まず、運用者の整備部門で整備する方法が考えられる。自前で細かいレベルまでバラして整備できればブラックボックス化を避けられるし、ノウハウも得られる利点もある。

ただし、あらゆる機器のあらゆる整備をすべての運用現場で行えるようにするのは不経済だし、常に仕事が発生するとは限らない。しかも、モジュールやSRUのレベルで実施する整備になると、高い専門性と専用の機材・インフラが必要になる。

だから、個別のパーツや回路基板などといった細かいレベルになるほどに、整備拠点を集約して、運用者全体の分をまとめて担当する方が合理的となる。整備部門の業務量を安定的に確保しやすい利点もある。

一方で、整備の体制を整えるための人手・機材・設備が必要になるため、固定費が増える。すると、規模が大きい運用者ならまだしも、規模が小さい運用者にとっては負担が大きい。

そこで近年では、整備をメーカー送りにしてしまう事例も多い。製造元のメーカーなら製品のことをよく分かっているし、整備に必要な人手・設備も整えやすい事情がある。

また、メーカーのノウハウが入っているものを運用者の現場でバラされたくない、導入後の整備まで受託できる方が継続的に売上になる、社外品のパーツを排除しやすくなるので純正部品の売り上げを確保しやすい、という理由もある。

なお、モノによっては製造元のメーカー以外に専門の整備事業者があり、そちらに委託する方法もあり得る。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」『F-35とステルス技術』として書籍化された。