軽く、かつ丈夫に作らなければならないのは、飛行機の機体構造が抱える宿命。もっとも、軽く作らなくても済むヴィークルというものは、他の分野でもあまり存在しないが、特に飛行機においてはクリティカルな話になる。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
主翼の「フ ム ナ」
第2次世界大戦中に活躍した飛行機のプラモデルはいろいろ出ているが、もちろん地元だけに日本の機体は製品が多い。それを実際に作っていると、主翼の上に貼るデカールで「フ ム ナ」と書かれたものが用意されていることがある。カタカナで書くと判じ物みたいだが、「踏むな」という意味である。
それの現代版が、以前に第156回で取り上げたことがある「NO STEP」標記。主翼を構成する部材のうち、荷重を受け止めるトーションボックスの部分は当然ながら頑丈に作られているから、上に人が乗ったぐらいでどうにかなることはない。
ところが、それ以外の部位では人が乗ったただけでもイカれてしまう箇所があるから注意が必要、という話である。
踏んではいけない場所にどうアクセスする?
これを整備性という観点から見ると、どういうことになるか。
整備点検のためには、機体のさまざまな部分に整備士や整備員がアクセスしなければならない。地上に立ったままで、あるいは足場や高所作業車に乗ってアクセスできるところなら良いが、場所によっては機体の上に上がらなければならない場合もある。例えば、主翼の上面からアクセスする部位がそれ。
だから、主翼の上にウォークウェイ(通路。歩いても大丈夫な部分)、あるいは「NO STEP」(歩いてはいけない部分)の標記が必要になる。整備作業の際に機体を傷めることがないように、との理由による。
もちろん、整備点検を要する場所はすべて、なにかしらの手段で整備担当者がアクセスできるようになっていないと困る。アクセスできない場所ができると、そこは整備点検の目が行き届かなくなるわけで、そうなったら事故の元である。
もっとも、人が乗って歩くことでアプローチする場所は、平ら、かつ水平でないと具合が悪い。旅客機の胴体上部みたいに円筒形になっているところは、そもそも人が乗って、歩くわけにはいかない。そんなことをしたら転落事故が起きる。
こういう場所にアクセスするには、足場を用意するしかない。それも、地上に固定設置したのでは機体を出し入れする際の邪魔になるから、格納庫の上から吊るして、かつ移動可能にしておく。機体を出し入れする際には左右にどかして、整備点検の際には機体に寄せる。機体のサイズはいろいろだから、それに合わせて動かす位置も変わる。
実は、「ANA Blue Hangar Tour」みたいな機体整備工場見学における見所の位置つが、これではないだろうか。ついつい機体に気をとられてしまうのは仕方ない。しかし、機体の各所に安全にアクセスするために、格納庫にどんな設備が備え付けられているか。そういう観点から眺めてみるのも面白いと思う。
「フムナ」は主翼だけの話ではない
この手の「踏むな」標記が目立つのは主翼だが、それだけではない。例えば、A350のエンジンナセル。
A350に限ったことではないが、主翼の下にパイロンを介して吊るしたエンジンは、ナセルを上ヒンジでガバッと開いて内部にアクセスできるようにするのが一般的だ。これなら両側面から内部にアクセスするのが容易になる。
一方、A350でナセルの上面を見ると、ピクトグラムで「踏むな」の標記をしてあるのが分かる。
このことから、ナセルの上部はそれほど丈夫に作られていないのだろうな、と推察できる。パイロンやその内部を点検する際には、主翼の上からアプローチするか、ナセルを閉じた状態で左右から足場を持ってくることになるのだろうか。
エンジン本体、パイロン、両者の結合部は、機体に推進力を伝達する要の部分だから、もちろん、それに見合った強度を持たせてある。しかしナセルは単なる覆いで大きな荷重がかかるわけではないから、できるだけ軽く作る必要がある。その結果として「踏むな」になったのではないか。
もっとも、すべての機種がこうなっているとは限らない。機種ごとの違いに目を向けてみるのも面白そうだ。ナセルの上面なら、スポットにつけている機体を展望デッキから見下ろせば確認できる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」が『F-35とステルス技術』として書籍化された。