ジェット・エンジンを構成する部品のうち、燃焼室の直後にある高圧タービン部はもっとも過酷な運用環境にある。なにしろ高温の燃焼ガスが直撃するのだから、圧力は高く、温度も1,000度を優に超える。そこで、ブレードの内部を中空にして冷却用の空気を通している、という話は→第20回「航空機の動力系統(7)2スプール・3スプール・GTF」で紹介したことがある。

今回は、エンジンの内視鏡検査にまつわるあれこれを説明してみたい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

中空部分も検査しなければならない

ブレードの中空部分に異物や加工不良があると、放熱が適切に行われなくなり、エンジンの故障につながる可能性がある。また、運用している間に傷が生じれば、エンジンの破損という一大事も考えられる。実際、タービン・ブレード、あるいはそれを取り付けるディスクが破損する事故の事例がある。

ところが内部の中空構造が相手だから、外から見ても状態が分からない。そこで内視鏡(ボアスコープ)による検査を実施している。しかし、これも簡単な仕事ではないそうだ。

まず、エンジン内部に入り込めるぐらい細い挿入部でなければ使えない。しかも冷却用流路は複雑な形状・構造になっているから、一直線に進むだけでは仕事にならず、曲げも必要になる。そして画質が良くなければ、内部の状態を正確に把握できない。それでは検査にならない。

そこで、内視鏡でおなじみのオリンパスは、直径3mmのミニボアスコープよりも細い、挿入部の外径が2.4mmしかない細径のボアスコープを開発した。これには、グラスファイバーを束ねたファイバースコープ・タイプと、撮像素子を内蔵したビデオスコープ・タイプがある。先端部の湾曲が可能になっているのもポイントだという。

ところが、ファイバースコープはグラスファイバーの束を通して映像を得る形になるため、ファイバーの網まで見えてしまうのだそうだ。一方、ビデオスコープはそうした問題がないという。また、映像を電気的に増幅することで、照明の光量が限られていても鮮明な映像を得られるのだそうだ。

内視鏡検査にAIを活用するOCロボティクスの事例

その内視鏡検査に人工知能(AI : Artificial Intelligence)を活用する、と言い出したのが、ジェット・エンジン大手のGEエアロスペース傘下にあるOCロボティクス。

同社が開発したBIT(Blade Inspection Tool)は、GEnx-1BとGEnx-2Bエンジンに対応しており、高圧タービンのステージ1とステージ2のブレード検査に使用する。作業に際してエンジンを取り下ろす必要はなく、主翼に取り付けたままの状態で良い。

  • GEnx-1BとGenx-2Bは、ボーイング787で使用しているエンジン。写真は日本航空の787-8国内線仕様機(報道公開時に筆者撮影

その映像検査にAIを持ち込むことで迅速な状況評価を可能としており、検査にかかる時間を最大で半減できるとしている。映像の解析に際しては、「線」と「領域」の双方を利用して状況評価を行うとの説明だ。また毎回、同じ角度と視点で一貫した画像を取得できるとのこと。

OCロボティクスの説明では、「従来型のボアスコープは立体視チップを使用して三次元映像を得ており、定期的な較正作業が必要だった。それに対して、BITはブレードの内部構造に関する情報を活用することでシンプル化を図った」としている。すると、いきなりエンジンの機種に関係なく使えますというわけにはいかず、内部構造に関するデータを用意できている特定の機種に対応する、という形になるのだろう。

このBITテクノロジーは、2023年4月の時点で「受注可能」な状態にあるとのこと。つまり、すでに実験段階を過ぎて実用になっているということだ。

AIによる不具合予察するJALの事例

一方、AIを不具合の予察に活用する取り組みもある。それが、クレスコと日本航空のイノベーション・ラボが2019年4月から取り組んでいる、内視鏡検査支援ツール。

  • 「航空機エンジン内部検査ツール」活用のイメージ 引用:JAL

クレスコは、眼科医療の分野で画像認識AIやニューラル・ネットワークに関するノウハウを有している。それをエンジン検査に応用するとの考え方。ブレードの内視鏡検査で得た映像をデータベース化するとともに、それを日々の検査で得たデータや運航中の状態監視データと紐付けることで、不具合の予察や予防整備の実現につなげるとの考え方だという。

例えば、「ブレードの表面がこんな状態になった後で、エンジンにこんな不具合が出たから、表面が同じ状態になったエンジンは不具合の可能性ありとして整備に回す」といった話になるだろうか。

JALのイノベーション・ラボというと、「JALのVR活用した整備士訓練を体験 - VRで『できること』『できないこと』」で、「整備士がエンジン操作手順の訓練を行うのに、模擬コックピットの代わりに仮想現実(VR : Virtual Reality)を活用する」という話を取り上げたことがあるが、こんな取り組みもしていたのだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」『F-35とステルス技術』として書籍化された。