今回のお題は、F-16ファイティングファルコン戦闘機。御存じ、世界的なベストセラーである。前回に取り上げたB-52は「基本的には同じ用途でも、時代の変化に対応していったら別物に化けてしまった」事例といえるが、F-16で面白いのは、機体の運用コンセプトまで変わってしまったこと。
なお、タイトルは当初に手掛けていたゼネラル・ダイナミクスの名前を使ったが、業界再編により、今はロッキード・マーティンの製品になっている。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
軽量戦闘機計画LWF
そもそもF-16は、米空軍がF-15に続いて立ち上げたLWF(Light Weight Fighter)計画向けに開発された。
F-15のような「優れだ全天候性能を持ち、大形で飛行性能にも優れるが高価な機体」に対して逆を行き、「小型で安価、機敏に飛行できる機体で、多用途性よりも空中戦を重視」が基本的な考え方。だから、米空軍が発出した提案要求書はシンプルなもので、主な要求事項は以下の通りだった。
- 重量20,000lb(9,080kg)級で小型の機体とする
- 基地から500海里(926km)進出して有視界の空中線を遂行できる
- 高い機動性を備える
- 電子機器はシンプルなものに留める
- 最高速度はマッハ1.6程度
結果的にLWF改めACF計画の勝者となったのがF-16だが、こうした要求を受けて、軽量でシンプルな機体にまとめられた。だから、機首に装備するレーダーは簡素なもので、空対空ミサイルは赤外線誘導・短射程のAIM-9サイドワインダーのみ、あとは20mm機関砲を備える程度。機体は可能な限りコンパクトにまとめており、開発に携わったハリー・ヒレーカー氏の言を借りるならば「余計なものを積めないように小さく作った」。
といっても、要求を実現するためなら新技術の採用はいとわなかったから、例えば、操縦系統はFBW(Fly-by-Wire)を使っていた。もっとも、機敏に動ける機体とするために静安定性低減(RSS : Relaxed Static Stability)の手法を取り入れていたから、FBWと飛行制御コンピュータがないと、まともに飛べなかったのだが。
戦術戦闘爆撃機に変身
そのLWF計画が後に、ACF(Air Combat Fighter)計画に発展する。ところが、完成したF-16のプロトタイプを実用装備に仕立て上げる過程で、F-4ファントムの後継となる戦術戦闘機と位置付けられることになった。
すると、空対空の格闘戦だけでなく、空対地戦闘能力も求められる。だいたい、最初は割り切ったつもりでいても、いざモノができてみると「もっと、もっと」と注文がつくのは、よくある話。なにも戦闘機に限ったことではない。
だから、量産型のF-16では機首のレーダーが本格的な射撃管制レーダーAN/APG-66に変わり、機首がプロトタイプよりも太くなった。そして、ブロック1、ブロック5、ブロック10、ブロック15と、能力向上を図った改良型が次々に出てきた。
その結果、搭載する機器が増えたり、搭載する兵装(すなわち吊るしもの)が多種多様になったり、外部にはみ出すセンサー機器などの「ひっつきもの」が増えたりする。時代の要求を受けて、精密誘導兵器の運用能力が加わっただけでなく、それを運用するためのターゲティング・ポッドも積むようになった。
当然、機体は少しずつ重くなる。最初のプロトタイプ機(YF-16)は運用自重が6.17トンしかなかった。しかし、その後に登場したF-16Cを例にとると、ブロック25で自重8.27トン、高機能化したブロック40で自重8.63トンに、つまり400kgぐらい増えている。戦闘能力という観点からすれば新しいモデルほど優れているが、機動性は少しずつ落ちて「ブタさん」呼ばわりされることになった。
もっとも、ブロック50でパワーアップした新エンジンに載せ替えたことで、推力重量比は再び向上した。しかし、その後はまた、新たな装備が加わることの繰り返しである。
余計なものは積めなかったはずでは?
当初の話に立ち返ると、F-16は「余計なものを積めないように小さく作った」はずの機体だ。飛行性能を高めるために、航続距離を伸ばすために、強力なエンジンを積むのではない。代わりに、機体を小さく、抵抗が少なく、軽い機体にまとめた。
にもかかわらず、能力向上の要求に対してしっかり応えてきている。単に「無駄を極限までそぎ落とした」だけの機体ではなく、用途の変化や能力向上の要求に応えられるだけの懐の深さを備えていた、といえるのではないか。口でいうのは簡単だが、実行するのは難しい。過剰に余裕を持たせれば、無駄なスペースと重量を背負い込むことになる。
その代わり、機内に収まらないものを収容するために、いろいろと「出っ張りもの」が加わってしまった事例もある。例えば、これ。
たぶん、簡素な測距レーダーしか備えていないF-16を設計した人達は、AESA(Active Electronically Scanned Array)レーダーを搭載する多用途戦闘爆撃機と化した最新鋭のF-16Vのような姿を、(少なくとも当初は)想像だにしていなかったと思われる。外見や、「飛行機」としての飛行性能は大きく変わっていないが、「武器」としての能力は、初期型とは比較にならないぐらい向上した。
もっとも、戦闘機の戦闘能力を左右するのが、センサーやコンピュータをはじめとする電子機器になってきたこと、そしてムーアの法則のおかげでサイズや重量をさほど増やさずに電子機器の能力を高められたこと。こうした事情に助けられた部分も多かったのではないかと思われる。
これは搭載兵装の側にもいえること。電子技術の進化によって、小さな空対空ミサイルの弾体にレーダー一式を納めたAIM-120 AMRAAM(Advanced Medium Range Air-to-Air Missile)が出現したからこそ、それを搭載するF-16は全天候・同時多目標交戦能力を手に入れることができた。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。