前回、「同じモデルの戦闘機なのに、最初に直線翼の機体ができた後で、主翼を後退翼に改めた機体ができた」という事例をいくつか取り上げた。ところがこれ、単に直線翼の主翼をやめて後退翼の主翼をポン付けすれば済む、というほど単純な話ではないだろう。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

直線翼から後退翼への変更は空力中心の移動を伴う

まず、主翼と胴体を結合する部分の位置や構造は、機体の構造設計における根幹だから、簡単には変えられない。例えば、直線翼のFJ-1と後退翼のF-86/FJ-2を見比べても、主翼とキャノピーの位置関係はそれほど変化していない。

ところが、直線翼と後退翼では主翼の空力中心位置が異なる。具体的にいうと、後退翼の方が空力中心が後方になる。実のところ直線翼でも、翼弦がずっと変わらない矩形翼と、翼端に向かうにつれて翼弦が小さくなるテーパー翼では空力中心位置が違いそうだが、それはここでは措いておくとして。

ともあれ、直線翼と同じ位置に漫然と後退翼を取り付けると、主翼の空力中心が後方にずれるから、重心位置と空力中心の位置関係が変化する。そして後退角が大きくなるほど、その影響は大きい。それでは縦の静安定性や操縦性に影響が出てしまうから、機体の重心位置を調整する改設計も必要になる。

基本的には、縦の静安定性を考えた場合、主翼の揚力中心よりも前方に機体の重心を置かなければならない。そこで直線翼が後退翼に変わると、主翼の揚力中心が後方に移動することになるので、機体の重心と主翼の揚力中心の距離が大きくなる。

実際、ノースアメリカンでは後退翼のFJ-2やF-86を開発する過程で、胴体をFJ-1と比べて後方に延長している。FJ-1は寸詰まりで樽みたいな形をしているが、FJ-2やF86は胴体が延びてスマートになった。

  • 直線翼のFJ-1フューリー。ズングリムックリさんである 写真:US Navy

  • 後退翼に変わったFJ-2。胴体がFJ-1よりも長くなっている様子が分かる 写真:US Navy

F-84Fの悪戦苦闘

これがF-84になると、どうか。「直線翼のモデルから後退翼に改設計すれば生産設備の55%を流用できて、新規設計より合理的」という触れ込みだったのに、あれこれ改設計しているうちにほとんど別物になってしまい、当初の触れ込みは何処へやら。となってしまったそうだ。

そもそも、F-84Eを後退翼に改める機体は当初、YF-96Aという名称(つまり別モデル)扱いだった。初号機は半年に満たない製作日数で完成しており、1950年6月3日に初飛行を実施、さらに試験飛行を重ねた。ところが、実際に飛ばしてみたら速度性能も上昇性能も不足しており、これでは何のための後退翼か分からない。

メーカー側では、性能が出ない原因はエンジンの出力不足と考えており、強力なエンジンに載せ替えれば解決できると踏んだ。ところが空軍は、YF-96Aの開発優先度を下げてしまった。そこに降って湧いたのが朝鮮戦争。なにしろ有事であるから、航続性能に優れて搭載量も大きい戦闘爆撃機を緊急に欲しいという話になった。

しかし、新形式の「YF-96A」では「新型機だと開発に時間がかかるから、有事の用に間に合わないんじゃないの?」といわれかねない。そこでYF-84Fと改称して「これはF-84サンダージェットの改良型ですから、早期配備が可能です」といって議会を納得させようとした次第。まさに、第362回で触れた「既存機の改良ということにすれば予算を取りやすい」の典型例

直線翼型F-84と後退翼型F-84の間の共通性は皆無に

そして、エンジンをYJ35から、YJ65(英国製のアームストロング・シドレー・サファイアをライト社がライセンス生産)に変更したのだが、エンジンが変わり、胴体断面が大型化され、(パワーアップして空気流量が増えるのだから当然といえば当然だが)機首の空気取入口も大型化。

さらに、全長は直線翼型F-84Gの11.73mから、後退翼型F-84Fでは13.2mに伸ばした。そして自重も1tかそこらの増加。飛行試験を進める過程で縦安定性と操縦性の不良が指摘されて、水平尾翼を途中から全遊動式に変更。エアブレーキの効きが悪かったので位置を変更するとともに大型化。etc、etc。

かくして、直線翼型F-84と後退翼型F-84の間の共通性はほとんどなくなった。おまけに、実戦部隊への配備が始まったのは朝鮮戦争が休戦となった後。当初の触れ込みはどこへやらである。もっとも、まだジェット戦闘機草創期の話でもあるし、「後からなら何とでもいえる」種類の話ではある。後知恵であげつらうのは野暮というものであろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。